2009.08.04

海で

7先月末、海に行こう、と決めていた日がありました。相方はそのずっと前から、カレンダーのその日に「お休み」と書き込んで、海の波のイラストを描いていました。

他にはなんの予定も書いてない。波だけの日。

海に行くと、なんにもしないでぼおっと海を眺めていても、ぜんぜん飽きないから不思議です。

Photo_5 飽きないだけでなくて、ヘンテコで複雑な考えが頭の中をぐるぐるすることも、まずない。

午前中から泳いで、お昼頃ともだちと合流して、一緒に海の家でランチを食べていたら、ともだちが、そのともだちの(な)さんとバッタリ遭遇!

「海の人」としかいいようのない、ほんとにおおらかで大胆で気さくなこの(な)さんは、6人乗りアウトリガーカヌーやサーフィンをしていて、今度アウトリガーカヌーで外洋を行く計画に参加したいんだと言ってました。なんとも海洋民族の血がさわぐお話です。

Photo_4(な)さんから、スタンドアップパドルサーフィンというものがあるのも教えてもらいました。いかだみたいに立って、すいーっと海の上を行けるらしい。

夕方になって、実際にやっている方を見かけました。← うーん、これは楽しそう。とても静かなサーフィン。

Beach_muffin途中、浜を出てたずねた近所のマフィン屋さん「Beach Muffin」には、Gerry Lopezのサインの入った本がありました。

かわいい店内に、すごいおいしそうなマフィンが。。店主まりこさんも、ご主人も、サーファーだと聞きました。

また浜辺に戻り、知り合いが働いている海の家を訪ねて夕日を眺めつつ一杯飲んで。。

あとは砂の上に座って、海を眺めていました。

Photoそのうちにちょっと踊ってみたくなって、砂にはだしで踊ってみたら、こりゃまあ。気持ちのよいことでした。

お空が、波が、風が、一緒にいるってこんな感じなんだなぁ。砂にはデトックス効果があるっていうのも、ほんとだろうな。。

海のそばで育ったイサドラ・ダンカンは、波を眺めていたときに踊り・動きというものへのインスピレーションを授かった、と言われているけれど、なるほどなあ、イサドラの創った踊りは、海とよく共鳴する。。

* * *

知らぬ間に写真を撮ってくれていて、踊る自分を初めて見ました。(ふだん鏡のない部屋でレッスンしているし、鏡のある部屋に当たったときも、鏡を避けてて。。)

でもそしたら、いろいろテクニカルなだめだしをし始める自分がおりました。なにができてないかが、よくわかるわかる。。

でも踊っていたときは、とにかく楽しくて気持ちよくて、それだけだったんだけれど。。客観的に自分がなにをしてるかを見るっていうのも、大事だなぁ。

下からのエネルギーとちゃんとつながること、できるようになりたいです。

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2009.06.11

くもの巣とカーテン

Photo写真は先日京都の鞍馬山に登ったとき、木の根元に張っていた、くもの巣。

中央の部分だけ、500円玉くらいの大きさのレース編みのようになっていました。糸も中央だけ太めで。

「デザイナーくもの巣」だなあと思いました。とってもきれいでした。

くもの巣といえば。。。 先日お世話になった、プロセスワークのセッションで、最後に出てきたのが、くもの巣のイメージだったっけ。。! 

ファシリテートしてくださっていた(や)さんと(と)さん、ほんとにありがとうございました。

なにより、おふたりの存在の質感に、とても助けられました。それってすごいことなんだな、と改めて、思いました。

* * *

先週末は、お絵かきのセッションをしていただくこともできました。急なお願いだったのに、ほんとうに感謝です。(え)先生、どうもありがとうございました☆

おかげさまで、ずいぶん元気が出てきました。

カーテンが、出てきました。お絵かきをしたら、その絵の中に。

水色のカーテン。

イサドラ・ダンカンがかつて舞台でダンスを発表したとき、基本的に、舞台装置はただ1枚の水色のカーテン(幕)だけだった、とされています(後年になってから、生花を舞台にあしらうなどもしたようでしたけれど)。

踊るとき、背後にあったのが、水色のカーテン。

でも絵の中のカーテンは、全開していました。

舞台背後のカーテンが全開したら、いままで後だったものが正面になるとか、上手と下手がさかさまになるとか、そういうふうな感じもあるようななあ。。。と描いた絵を後日見ていて感じたりしています。

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2009.05.25

マヤナッツ・イベント三昧

にゃみちゃんにお留守番を任せて、関西に行ってきました。

メインの目的は、マヤナッツのイベント。

グアテマラのマヤの森を守りたくて、マヤナッツをフェアトレードしているグアテマヤ代表の大田美保ちゃんと、美保ちゃんと一緒にグアテマラを旅して、マヤの森に魅せられたダンサーの宇都宮千佳さん。おふたりがコラボして、今、関西方面をツアーしているのです。

イベントの内容は、美保ちゃんのスライドトークと、千佳さんのダンス、そして開催地の料理人さんやパティシエさんが腕をふるったマヤナッツ料理やマヤナッツスイーツをいただきながらのおしゃべり。

私は京都の山奥にあるcafe milletと、大阪のカフェスロー大阪でのイベントに行ってきました。

とてもすてきな時間でした。。。! 

Cafe_millet Cafe_millet_2 左:cafe milletさんの表札。手書きの陶器の表札です。

右:cafe milletさんの立派なストーヴ。ストーヴの向こうに写っているのは、犬のアンディくん。




Cafe_millet_3
窓のすぐ向こうは田んぼ。かえるの合唱が聞こえていました。低い声で鳴くかえると、高い声で鳴くかえるがいた。



Photo 千佳さんのダンス。見ていて、グアテマラという土地、マヤの土地、その感触が、すこしわかったような気がしました。

ずっと見ていたいと思うダンスでした。

踊りって、昔はわりとよく見ていたんですけれども、「ずっと見ていたい」と思う踊りを見れたことは、ごくごく稀で、それでだんだん見なくなっていったことを思い出しました。

千佳さんのダンス、こころのごはんになりました。。。ほんとに行ってよかった。

そしてもちろん、美保ちゃんのスライドトークも。久しぶりに聞いて、改めて、思いました。この人は、ほんとうに、すっと、正直に、大きなものに自分を開いている人。マヤの森に愛されている人。どこまでもチャーミングで。。。人にも、ものすごく開いていて。。。森そのものみたいな野性さと自然さが彼女にはあるんだなぁ。。

そして、なんとも、cafe milletさんオリジナルのマヤナッツフルコースのおいしかったこと!

Photo_2 Photo_3 おおーきな木のテーブルを総勢15人で囲んで一緒に「いただきます」を言いました。

濃厚なマヤナッツポタージュから始まり、どのお料理もマヤナッツの味がしっかり引き出された、とてつもなくおいしいマヤナッツフルコース。大皿料理をみんなで取り分けていただきました。

マヤナッツとそのほかの食材の味のハーモニーが絶妙な、今までにないマヤナッツ体験。

お料理をつくってくださったcafe milletの樹里さんに、お礼を言うと、「お礼はマヤの精霊に言ってください、自分でつくった感じではなくって、手が勝手に動いてできたので。。」と。

そんな樹里さんたちのおかげだと思うんですが、わたしは、初対面の人が多くいるなかで、一緒に大きなテーブルでご飯を食べる、というようなシチュエーションが超苦手なのに、この日は、とても心地よく、楽しく、ごはんを食べられました。

とても不思議だったし、うれしかったです。

* * *

ジュース工場を改装した、大阪の「カフェスロー大阪」も、ものすごく素敵な空間でした。cafe milletさんもそうだったけれど、初めて来た場所なのに、すっとなじめてしまうのでした。

くつろぎすぎて、写真撮りそびれたのが悔やまれます。。。

カフェスロー大阪では藤丸さん作のマヤナッツプレートをいただきました。マヤナッツピタパンとフリホーレスが絶品! 

食後もゆるゆると、スロービジネススクールの面々や、ナマケモノ倶楽部の方とおしゃべりして、なんだかわたしは初対面恐怖症のはずなのに、いつもよりずっと大丈夫で、不思議でした。

マヤナッツを食べていたせいも、あるのかな。。 メンタルな調子を整える成分も入っているようなので。。

* * *

あ。そういえば、別の日に、やっぱり大人数(わたしにとっては)で、おおーきなテーブルを囲んで食べたおゆうはん。あの日のレストランは、無農薬有機野菜の八百屋さん「やおかん」が併設する「マチャプチャレ」というところでしたが、あそこも、まるで親戚のおうちにお邪魔したようなアットホームさを感じていました。不思議。。

その場をホールドしてくださっていた人によるところが、やっぱり大きいんだろうな。。感謝です。。

* * *

そしてなにより、美保ちゃん、千佳さんと、そして遠くは福岡からも馳せ参じたマヤナッツプロジェクトの面々--(ま)さん、(わ)ちん、(も)さん、(ゆ)ちゃん、(く)さん--と一緒に過ごさせてもらったことが、とっても、うれしかったです。

ほんとにありがとう。。!

★美保ちゃん&千佳さんのマヤナッツイベントは、明日からは倉敷・岡山・姫路とまわります。どこもおもしろそうな場所ばかり↓  お近くの方には、ぜひおすすめしたいです☆

26日(火)1:30pm-  三宅商店in倉敷
http://www.miyakeshouten.com/

27日岡山 6:00pm-  COTAN岡大前店 in 岡山
http://www.themarket.co.jp/cotan/

28日姫路 6:00pm-  納屋工房 in 姫路       
http://www.nayakobo.com/

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2008.09.16

混乱の中にて

今日、ある踊りの先生の映像を、You Tubeで見ていました。

踊りはビデオで撮ると、現場で見るのと全然違ってしまう、とかねがね思ってきたけれど、彼女の踊りは、You Tubeの小さな画面でさえも、すばらしかった。

それで、「よかったなあ、こういう踊りをする人が、この世にいて」と改めて思ってしまったのでした。

* * *

サリンジャーの『Raise High the Roofbeam, Carpenters (大工よ、屋根の梁を高く上げよ)』をひさしぶりに読み返したくなりました。

なんだか、混乱状態。

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2008.07.17

佃島の盆踊り

Bonodori今年も、東京・佃島に伝わる古い盆踊りに、おじゃましてきました。

ここの盆踊りは、実にすてきで、地元の方たちも「ご覧のとおり簡単な踊りですから、おみやげにどうぞ踊って帰ってください」と外部の私たちを快く輪の中に入れてくださいます。

隅田川に面した、民家の立ち並ぶ広い道に、やぐらを立てて、ぼんぼりを吊ってあります。おじいさんが1人、やぐらに登り、たいこをたたきながら、えんえんと、うたってくれます。ゆったりしたうた。踊りの振りは、とてもシンプルで、ゆっくりしていて、老若男女みんなで踊れます。

踊り場の、川に近い側の真ん中に、無縁仏を祭る小さな祭壇がしつらえられています。夏野菜がどっさりをお供えしてあり、そこでみんな手を合わせてから、踊りの輪に入ります。小さい小さい子供たちもみんな手を合わせる。祭壇の前には時に行列ができたりします。

曜日に関係なく、毎年7月13日から15日の3日間行われます。踊る人の都合で週末にずらす、なんてことをしないのは、やっぱり、無縁仏の供養として踊る、ということが大事にされているからだと思います。

佃島は隅田川の流れの分岐点にあるので、上流で災害があったときに死体が漂着したんだそうです。江戸時代にあった大火事や、東京大空襲のときに、被害に合われた方たちの亡骸が流れ着いて、ここで供養されたとのこと。

* * *

踊ることがメインなので、出店などはありません。道沿いの駄菓子屋さんと酒屋さんの軒先で、ビールやラムネが売られているだけ。

私とパートナーも、ここの盆踊りが好きで、ほぼ毎年、おじゃましています。今年は、はじめて、子供の踊る時間に間に合いました。はじめは小学3年生くらいの男の子1人とあと数人の小さい子が、踊るでもなく踊っているだけで、「わ、こんなに寂しいのかな?」と思っていたのもつかの間、川を眺めてからまた踊り場に戻ってみると、もう大勢の子供たちが列を作り始めていました。

そして日が暮れるとどんどん子供たちが増えてきて、最後には輪を最大限大きくしても、場所によってはきゅうくつそうなくらい。ものすごい人数の子供たち(就学前の小さい子から中学年くらいまでの子たちが100人近くいたかも?)が、合いの手を入れながら、えんえんと同じ踊りを踊り続けていました。あまりのにぎわいに、ひたすらびっくり。

めちゃくちゃに踊っている小さい子には、少し大きい子が教えてあげていたり。男の子も女の子も、友達同士でおしゃべりして笑いあいながら踊っていたり。色とりどりの浴衣もかわいくて。かと思えば、サッカーウェアみたいないでたちで、もくもくと1人、踊りに入り込んでいる小3くらいの男の子もいました(彼は踊りが本当にすきなんだろうな)。

かれこれ1時間以上、子供たちは休みなくずっと踊っていました(子供踊りではさすがに生うたではなくて、おじいさんのうたのテープに合わせて太鼓をならしてました)。ずっと見ていてもぜんぜん飽きなかったから、踊っている本人たちもずっと楽しかったんだろうなあ。。。

大人の踊りの時間になって、私たちも、休憩時間以外はずーっと、踊り続けました。振りのステップの関係で、なかなか前に進まない踊りです。でもじっくり踊っていると、左回りの輪でできた場が、だんだんと練りあがってくる感じがあって。それが気持ちいい。。。

9時までの予定が、おじいさんのうたがなかなか終わらず、世話人らしきおじさんが、マイクで「そろそろ時間ですので。。(汗)」となんどか催促。そんなやりとりも面白くて笑ってしまいます。確かおととしは、江戸っ子なおばさんたちがやぐらに向かって、冗談だか真面目だかわからない勢いで「もういいかげんにしなよっ」とか言ってた記憶があります。

「ここの盆踊りはいろいろやらないのがいいのよね」と話していた外部のおばさんたちがいたけれど、同感でした。

帰り道、ここだけじゃなくて、いろんなところでこの盆踊りをやったらいいのになあ、と夢想しました。

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2008.01.27

冥王星の山羊座入りの日

Keisodo踊りを封印していたのかもしれない、と思いました。

生きていく中で、踊りにたいへん助けられていた時期があって、でもいろいろな事情で離れていっていました。

それというのも、だんだん、踊れなくなったのでした。体は動かせたのだけれど。体を動かしていても、踊っていない自分がわかってしまう、というような。。。

昨日、『珪藻土礼賛~植物プランクトンの生気から』という展覧会に行きました。立体造形作家・伊藤公象さんと作曲家・藤枝守さんのコラボレーション。最終日のワークショップに参加しました。

ワークショップのなかで、800度くらいの温度で焼き固められた珪藻土の塊に水を含ませて、そのときに立ち上る音に耳を傾ける、というのをやりました。

とても小さな音。湿らせた珪藻土の塊を、両耳に押し当てると、実にいろんな音が、いろんなリズムで聞こえてきました。土の内部の微細な孔に、水が入り込んで、そこに含まれていた空気を押し出すときの音。土が内部に抱えていた空気を吐くときの、マイクロサイズの息づかい。

珪藻土というのは、多孔質なのが特徴です。見かけはソリッドなのに、中と外との境界線がスカスカ。。。がっちり閉じられていないので、空気や水が出入りできます。

Keisodoworkshop人間の肺もそれに似ている、と藤枝さん。たしかに、たくさんの気泡を抱えられる仕組みになっていて、中と外との換気が起こる場所です。空気や水の出入り、ということでうと、皮膚全体もそう。。

ワークショップの「聴く」というセクションをリードしていた藤枝さんは、最後、会場内の照明も全部落として、「自分も珪藻土になったつもりで、中から出てくる音を、出してみましょう」とサジェストされました。

じっと耳を傾けていると、わたしの中からは、音のかわりに動きが出てきました。表面ではなく、内の奥のほうから、出てくるような動き。

それはそれは、ひさしぶりに、動きの中に自分を深く埋没させた瞬間でした。

わたしが体を動かすのでなくて、動きとわたしが同期をとるときは、独特の有機的な感じがあって。プロセスワークでいう「二次プロセス」をとおして「big U(You)」にアクセスするときの感じに似ています。

意識の地平の向こうに周縁化していたものを、思い出していく瞬間というか。

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2007.07.01

空白に身をゆだねること

川べりをずーーーーーっと歩きました。日が暮れるまで。

ただのなんにもない川べりなんだけれども。。。歩き疲れて、夕方、知らない街の市バスに乗って、車の揺れに身をまかせて眠りました。

そうやって過ごした日、機嫌がすごくよくなっているのに気づきました。「あ、こういうことがやりたったんだな」と思いました。ふたりでえんえんと草の繁る川べりを歩いたりして、行き当たりばったりの小さな旅をすること。

自分にとっての幸せがここらへんにあったんだ、と気づいて、ちょっと意外だったのでした。

くるりの、アルバム「ワルツを踊れ」を聴いています。すごくいいなー。ニャッキーさんのドラム、すきです。やっぱり広さを感じる。

あー、こういう感じでダンサブルっていうのは、、、と思っていて。これは、このあいだのキセルのライヴでも、意外な体験だったんだけれども、なんだろう、拍とは違うところで踊っていて。今までとは違うものに身をゆだねている感覚。

個人天体(水星とか金星)じゃなくて、トランスサタニアンの天体にチューニングしてるような感じ、というか?

今回のくるりのアルバム、わが家のねこにも好評です。結構な音量でかけても逃げないし、スピーカーのよこですやすや寝ている。。。

今日は、昼下がり、ベランダのよしずが、木陰みたいに、部屋の中に涼しい日陰を作っていて、気持ちよい風が吹いて、ぼーっとしていたらいつのまにか眠っていました。時間が止まったようで幸せでした。

階下に昨日引っ越してきた家族の、小さい男の子の声が聞こえてきて、目を覚ましました。

*  *  *

義理の兄からもらった、古いレコードプレーヤーを、アンプにつなぎました。レコードが回り出してから、針が盤の上にぐーんと動いていって、ふっつりと降りていく、この瞬間は、独特の気持ちになります。懐かしいのと、ちょっとわくわくするのと。

それで、レコードをしばらく聴いたあとCDを聴くと、こころもち、「四角い」印象があるのがおもしろいです。レコードの音っていうのは、どこか丸みがあるような。。。

ちょっと小耳にはさんだことがあるのが、レコードには、CDの場合完全に欠落する20KHz以上の高い周波数の部分(人間の耳には「音」として認識できない域)がたくさん含まれている、とか。それはもとからレコードに録音されているというよりは、再生の過程で発生するノイズがアンプで増幅されたり、といった要素らしいのだけれども。いずれにしても、その「混りじけ」があるのが、よいみたい。

薬草の薬効成分をつきとめて、その成分で構成した薬よりも、薬効が認められない成分も含んだ「混じりけ」のある状態の薬草のままのほうが、なぜか効き目がよい、と製薬会社に勤めていた父から、昔、聞いたことがあるけれど。

「音」として認識されない域、なにも聞こえないように感じられる部分って、音楽を担っている大事なところ。。。なのだな。

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2007.04.06

「そういうことじゃないんじゃないか感」

ここのところ、カンヅメで仕事をすることが続いたせいか、すっかり足腰が弱ってしまいました。思えば、1日中家にいるので、家の中を数歩歩くくらいしかしていないのでした。昨日、ひさびさに遠出をしたら、かばんを持って半日過ごしただけで、今日は右肩が筋肉痛です。。。ああどうしよう。

あいからわず体調も不安定。みぞおちの奥にぽっかり穴があいている感覚です。そしてちょっとした気候の変化が、ずいぶん大きく体にこたえます。

こんなに体が弱った感覚を持ったのは、たぶん、生まれて初めて。今までは、なにがあろうと、(悩んで悩んで死にたくなっていても)、体だけはピンピンしていて、頑丈だったのです。

なにか大幅な変化が起きているのは、わかるのだけれど、変動がありすぎてちょっとあわあわしています。ただ、もしかすると、これは、環境に対して体が開いてきた、ということでもあるのかな、とも思います。閉ざした状態で良好に維持する、というのは、鎖国したまま安定を保つようなものかもしれない、とか。。。

でも、こんな体調なのに、このところ、またダンスに戻ってみたい気がし始めている自分が、うーむ、信じられません。。。とうてい無理だよなー、という気持ちもあります。

なのだけれど、昨日、大野一雄さんのドキュメント映画「ひとりごとのように」を見に行って、なにか、漠然と、「そういうことじゃないんじゃないか感」を抱きました。

この映画、大野さんが95歳のとき(2001年)のドキュメントです(現在は100歳)。大野さんは2000年に公演で腰を壊してしまわれて、以来、ひとりで立って踊ることはなくなりました。椅子に座って、とか、床に座ったりつっぷしたり、とか、息子の慶人さんに腰を支えてもらって立って、とか、そんなふうにして踊ります。

映画のワンシーンで、「もう踊らなくてもいい、と言われた。もういいですよ、どうぞ家へ帰ってください、と。それはなぜなのか、私は知りたい。私は踊るために、山を登ってここ来た。私は、踊りたい。なのに、踊らなくていい、と言う。それはなぜなんだ? こうやって(腰を)支えてもらっているからなのか?」と、言葉にも支障が出始めていた大野さんが、ずいぶんハッキリと、言うところがありました。

腰を支えてもらって立ち上がったときの、大野さんの一瞬の身振りに、圧倒された瞬間がありました。

あきらかに、体の輪郭からはみだして、はちきれる、なにかがありました。自己完結からはほど遠くて、それはなにか、自分というものの比率がとても小さいからのように見えました。自分というものが、ダイヤモンドのように硬くしっかりとそこに確かにあるのだけれど、その大きさは、比率としてとっても小さい、なぜかそんなふうに、感じられました。

■ドキュメンタリー映画「大野一雄 ひとりごとのように」(2005年)
ポレポレ東中野で公開中。くわしくは↓
http://www.queststation.com/oono/

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2007.03.16

ダンスとアセンダントと土星と。。。

ずっと離れていた、イサドラ・ダンカンのダンスことを、ここのところ急に思い出していたんだけれど、それは星まわりと関係していたのかな?と今思いました。

星まわりに関しては、ちゃんと勉強しているわけではぜんぜんないので、思い込みや誤解がいっぱいあると思うんだけれど。。。トランシットの土星が、数日前にわたしのアセンダントの度数を越ていたことに気づいて、アセンダントが刺激を受けていたせいかも、と思い至ったのでした。。。

3月の8から9日にかけて、トランシットの土星がアセンダントを越えて、1室から12室へと逆戻りしていました。

わたしのアセンダントは、ズーニー族のインディアンが太陽に向かって儀式をしている、という度数で、松村さんの本には、「自然のエネルギーの賛美へと回帰すること」「人類の根っこの力に対する回帰」「舞踏に関係する度数でもある」と書かれています。

イサドラ・ダンカンのダンスも、ちょっとこんなふうなダンスです。イサドラは、今から100年ほど前に、大自然の動きを探求して、霊主体従のダンスをした人。。。

前回アセンダントを土星が通過したのは9月の15日から16日でした。そのときは12室から1室へ入ったときでした。3日後の19日、タロットのお絵かきでメジャーアルカナの2を、ちょっとトランスに入りつつ描きました。

今回は、アセンダント越えの2日後の朝、まったく別の懸案事項について迷っていて、それについて何週間かぶりにタロットをひきました。メジャーアルカナの16・塔が逆位置で出ました。このカードには、さかさまに塔から落ちていく人間が2人描かれているんだけれど、逆位置だったので、下降途中の人が、頭が上になって表れていました。その姿が、イサドラ・ダンカンのダンスを踊っている人に見えました。あ、「シンバルの踊り」を踊っている、と。表情さえも、恍惚として。のびやかな肢体で。(他のマルセイユ版のカードの16では、逆さにして見てみても、こんな印象はないんだけれど、わたしの使っている、ボローニャの古い版画のタロットでは、「もうそうとしか見えない」のでした)。

それで、ほんとに久しぶりに、ダンカンダンスのことを思い出していて、仕事が忙しかったこの日、夜になって仕事が一段落したあと、イサドラの本を、もうほんとうに久しぶりに開きました。それから、イサドラのダンスについて、タロットを引いてみたら、また、16・塔が逆位置で出たんです。あ、また「シンバルの踊り」をしている、とちょっとびっくり。

アセンダントは、一般的には「外見や表面的な特徴に影響する」ととらえられているみたいですが、秘教占星術のなかには、その人が「成長して到達すべき」正の特性を示す、という考えもあるそうで、その特性を「学ぶべき課題」として取り組む努力をすると、ある「深み」に到達することになるとか。その努力をしない場合は、同じ特性も、性格のごく外面的な部分にしか影響を及ぼさない、と考えてられていたそうです。(たまたま友人がくれた「占星術百家」という本を今見たら、こう書いてありました)。

ダンスとアセンダントと土星(わたしの太陽星座の支配星なのです)の動き。。。なにがどうっていうのは、わたしにはわからないんだけれど、関わりあってはいるみたいに思えてきました。

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2007.03.13

イサドラのことば

ブログを書き始めて、少し、時間がたったけれど、ちょっと自分の書いたものを振り返ると、ほんとに、自分にとって、とってもだいじだー、と思ってることについては、ほとんど書けていないのでした。

これはどういうことだろうか、と思う。

やっぱり、だいじなことは、だいじだいじに、しておきたいのかな。

よほどのことがないかぎり、ぽっと外へは持ってでないのだ、みたいな。。。

尊敬している、むかしの、ダンサーである、イサドラ・ダンカンの「The Art of the Dance」(1928)という本があります。その本を、実に久しぶりに、おととい開いたとき、その開いたページには、こんなことが書いてありました。

私たちはいつも発作的な状態にいる。角ばった歩き方をして、常に、2つの地点の間で一定のバランスを維持しようとやっきになっている。下降することの憩いを知らず、息をしてまた上がり、さっとかすめて、再度、翼を休めにくる鳥のように元の場に戻ってくることの、心地よさを知らない。鳥は、もがいたりはしない。

暴力的衝動も、抑えているほうが大きくなる。慎ましさの中でゆっくりと育まれていく1つの身振りは、もがきながら途切れ途切れに為される、幾多の身振りに価するのだ。

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