2017.08.27

海あそび・2/平成の装い

<海あそび・2>

Img_1039_1 

海は水着を着たまま行く
浜についたらすぐ波間へ

今日も海水浴です

ほんとにお風呂に入っているみたい
どこまでも広がる大きなお風呂

波がおだやかだったら
ひたすら波間に寝転がる
仰向いてプカプカ

入道雲ととんびを見上げて
太陽を全身にもらうんです


海はみんなとわけっこする
波うちぎわから波間まで

今日も海水浴です

一緒にお風呂に入っているみたい
波乗りのウミネコ、跳ねるお魚

すっかり涼しくなったら
のんびり砂浜に寝転がる
仰向いてウトウト

帽子を顔にのっけておいて
そよ風を全身にもらうんです

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着替えはちゃっと浜でする
砂が熱かったらすぐ水辺へ

今日も海水浴です

一緒にお風呂に入ったときみたい
ほら、とパンツを見せてくれる友

うっかり見せてもらったら
フルーツみたいなすこやかさ
宙を見てクスクス

足を砂だらけにしたままで
友情を全身にもらうんです

(8月21日、鵠沼海岸、(ゆ)ちゃん、(じゅ)ちゃんと)

+ + +

<平成の装い>

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ああ。こうやって時代から
あぶれていくんだろうな

と、やけにずしりとした実感を持った

世の中の流れ、のようなものの行く先を見ていて

ああ。ついていけない
ついていく意味がわからない

資本主義の果て?
愛の定義の謎が深まる

すべてがエクスチェンジの上で成り立つ世界

それは実像に近いんだろう、きっと

でも最近よく視界がかすむ

残像のようなものが見えていて
そのダブルに重なっているもう1つの輪郭と
この世の輪郭とのあいだの
ぼんやりぼやけた領域

そこに憩う。。。

あの隙間

有元利夫さんの絵に描き込んであった

自由に泳げた

あの隙間


21世紀かあ

光の明滅を眺めているだけのこの頃
幸せの定義の果てしなさに
声をなくしていて

切り刻まれた現実で
消化不良を起こして

商品のようにきれいに並ぶ
他人の記憶の色鮮やかさに
感心することしきり

カラフルなのが好きだし
軽やかなのも好き

なのに自分はどんどんあおざめて
どんどん重たくなってくみたい

時代の空気に浮かんでいようと
なるべく軽やかでいようと
明るいほうを向くのだけど

じわじわわけがわからなくなってくる

「頭で考えるのをやめて、感じるんだよ」
というアドバイスをありがたくもらって
ぼんやりと思考を停止する

そうやってさらに暗く影みたいにあおざめて

最後の悪あがきみたいに
なぐり書きを書き連ねるだけ

キラキラ明滅する四角い世界に
弱い毒をたれ流すだけ

この全部から離れたところに
手つかずの健やかさがあることを知りながら

限界がきしむ音を聞きながら
平成を装ってるだけ

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2017.08.13

すきとおる/海あそび

断片化シリーズ。8月11日のぶん。この日は降ってきた、というより、ちょっとふり落としたみたいなふうでした。。

+ + +

<すきとおる>

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「行きたいのはただ
野生動物の視野の中」

と書いてたら蝉の鳴く庭から
野ねこが窓を叩いた、朝

いつも闇に紛れてやってくる彼女
今日は巻いてきたらしい、過去を

陽のあたる場所を通ってきたんだねえ
アンテナの精度はあいかわらずだねえ

感心して
安心して
すきとおる絆によりかかる

書くこともなくなって、黙る……

+ + +

<海あそび>

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下を向いたら見えた、水底の夢
青いソラスズメの群れ
視野を埋める、光る青、揺らぐ瑠璃に
吸い込まれる、意識の息継ぎに

仰向いて波間によりかかって
空の深さを測って

降ってくる日差しと
まぶたのひさしを
絶妙にバランスさせて
視野に光を氾濫させて

波の上下動を感知しつつ
おおいなる平安に沈む…~~…

少ししたらまた

下向いてユラユラ
仰向いてプカプカ

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(8月10日、胴網海岸、(ゆ)ちゃん、(み)ちゃんと)

+ + +

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2017.08.03

それぞれの夏

Img_1828「猫の額庭」のヒメヒマワリの、今年の一番花だった花が咲き終わりました。写真の一番上の茶色く枯れたのがそれ。6月15日に咲いたから、1月半のあいだずっと咲いてたんだ。。猛暑の日も、豪雨の日も、しばらく雨のなかった日々も。なんて強いんだろう。

今は後から咲いてきた5番花以降の花たちが元気に咲いています。リレーのようにしてこうして秋まで咲かせ続けてくれる。

この夏は、「猫の額庭」に水やりを一切してなくて、雨だけでやっていってもらっているのだけど、それでも元気でこうして咲いて、花のたくましさって半端ないです。

冬にはいったん姿を消して、春になると毎年あたらしく地面から出てきて、夏に黄色い花をつける。枯れ姿もかっこいい。わたしがここに越してくるより前からここに生きてきた、先住植物です。

何年も前に、この花にすごくなぐさめてもらったときのことも、毎年思い出します。

+ + +

Kakigori_2 昨日は遠方のともだちが、ひさしぶりにはるばる会いにきてくれて、正当な夏休みみたいな午後を過ごしました。みんなで駅から海まで歩いて、波打ち際を楽しんで(貝の砂もぐりも眺めて)、帰り道に天然氷のかき氷屋さんでふわふわのかき氷を食べました。いちごソースがおいしかった。。。

5歳の(よ)くんも来てくれて、おみやげに(ヨ)さんが持参した紙相撲をかき氷屋さんのテーブルに広げて、みんなでトントンやった。曇天で夕方で入店待ちのお客さんが並んでなかったので、奇跡的にゆっくり遊んだりできました。楽しかったな。。

昨日は台風が遠くに来ているせいで、すでに波がいつもより高くなっていて、残念ながら海水浴は無理だったけど、(よ)くんは波打ち際ではしゃいで走りまわって、ゆうに50メートル分くらいは走ってた。。。小さな体から発せられるエネルギーははちきれんばかりで、見ているだけで爽快でした。にんげんにはこんなにすごいエネルギーがあるんだなあ、と実感した。これはほんとに、すごいことだよ、と思う。

海からかき氷やさんまで歩くあいだも、ただ「歩く」のでなくて、くるくる回りながら歩いたり、盆踊りみたいなのを踊りながら(しかも後ろ向きに)歩いたりする(よ)くんは、実にクリエイティブ。自分全部を注ぎ込んで楽しんでたように見えた。

この5年の年月、彼の育ちのプロセスの相棒となってきた(な)さんも、実にかっこいいなあと思いました。体力のいることだし、特に体調が変動しやすい人には(そうでなくても)大変なときがいっぱいあるだろし。。ほんとに尊いことです。

+ + +

Img_1834 さて、アリたちの夏休みも、すこやかに(?)続いているもよう。今日も3、4匹が窓辺の”別荘”に遊びに来ています。

以下、”別荘”の解説をすると。。。

うちの家は古い木造で、小さい生き物が出入りできるすきまはいっぱいあって、毎年初夏にはアリたちがいっぱいキッチンのはちみつの瓶とかに巡礼しだすのだけど、不思議と今年はキッチンに来なかった。

Img_1751 来ないなーと思ってたら、今年はリビングのほうに、巡礼の道ができあがっていました。窓辺に置いてある、少し前のクリスマスに相方にプレゼントした、白樺の樹皮でつくったおうち。そこの煙突に、いただきもののチュッパチャップスを立ててあったんだけど(煙突から出る煙っぽかったから)、このおうち(特にチュッパチャップス部分)が、今年のアリたちに好評のデスティネーションになりました。

しばらく前まで、富士登山の人たちみたいに、ぞろぞろ列をなして来ていた。窓の縁のところをずーっと行くので、人に踏まれたり家具につぶされたりする心配もないから、静観していたら、だんだんブームが静まっていって、訪問者数が減ってきて、最近は、たまーに、ぽつぽつと、1日に数匹くらい来ています。

そんなに混雑しなくなって、ほどよいお出かけ先になっているもよう。

生き物それぞれにとっての夏の日々。。。セミもようやく元気に鳴き出しているし、いつもこの季節に姿を見せるカナヘビの家族も、健在です。ありがたいことだと感じています。







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2017.06.15

自然にあること、ほんとうのこと

Img_1066 大家さんとお庭を共有してる南側の窓向こうに、グリーンカーテンが自然と育ってきてくれました。以前はゴーヤで茂らせたり、去年はいただいたフウセンカズラの種から苗を育てて、フウセンカズラカーテンにしたりしたけれど、今年は春になんにもできず。。。夏の暑さが心配と思っていたら、ブドウに似た葉っぱを持つ野草が、おのずと生えてきて、茂ってくれています。

今年は野菜類も、春に新たに種まきをしたりがぜんぜんできなかって、残念に思っていたら、去年の春に種をまいたミニトマトが冬越しして、今また実をつけてくれています。ありがとう。

今もまだ、とてもしんどくなるときがしょっちゅうあって、つらいのだけど、やさしくしてもらっている、ように思います、こういうとき。

そういえば、今年はいつも春になるとキッチンに大挙してやってくるアリたちが、やってこなかった。毎年、ひとしきりアリーズとのやりとり(やってくるたびに専用のポンポン玉でからめて、勝手口から外へテレポートしてもらったり、通り道を確認してそこにみんなが入り帰ったあと、入口を練り消しゴムでふさがせてもらったり)があるのに、今年はなかったので、不思議。

お風呂場には数匹だけやってきていたっけ。それもほどなくして来なくなった。

かわりに、一度、壁のわずかな裂け目から大勢の羽虫がぼとぼとと落下してきて、そのみんなが明るい方にむかって、勝手口の網戸にびっしりと集まっていたことがあったっけ。あれはびっくりした。網戸を開けてあげたら、みんな外へ出ていったけども。なぜか産卵場所はうちの壁の中(?)だったようでした。

あんなことは初めて。。。虫たちのみんながみんな、網戸でふさがれた勝手口から外へ出ようとしてたこと、印象に残っています。自分の心の中を映していたかのように、思いそうになりました。

Img_1114 今日は、「猫の額庭」に、ヒメヒマワリの一番花が咲いています。毎年同じ場所に出てきて、毎年咲いてくれているヒメヒマワリたち。これまでも心のなぐさめになってくれたこと、何度もあった花です。青空にとても映える黄いろ。

こうやって季節のことを確認して、文字にして、書いていることの意味は、自分の精神にとっての養生のみ、と、よくわかっています。今は書くことが、自分を保つためにできることだと感じる。こういうふうに言葉を使っていいのかどうかな、とか思うところはいろいろあるけれど。

季節のめぐりを記録すること。自分の言葉を発すること。それで、なんとか。なだれのように崩れ落ちていかないようにしているようなふうです。

こころから明るいほがらかな気持ちになれなくなって久しいです。こういうときも必要なんだろな、とは思うし、なにかとのバランスをとっているのだろう、とも思うけれど。キラキラしたものに接すれば接するほど、違和感が大きくなっていくのを、どうしようもできずにいます。

今の時代は、言葉にも写真にも映像にも、「ほんとうのこと」が成分として少ない気がしていて。「ほんとうのこと」が逃げて、スカスカのものを、やりとりしあっているような。。。

こういう想いも全部、調子の悪いわたしの脳みそのせいなんだろう、とも思うけど。

* * *

Img_1002_2 こないだは、母の命日で、久しぶりに父に会ったので、少し早いけど父の日のプレゼントに、陶芸ワークショップでつくったお皿をあげたら、おもいのほか喜んでくれて、うれしくなりました。

Img_0867 Img_0855 ハコベとヘビイチゴで模様をつけたお皿。どちらも大好きな野草。北鎌倉の「たからの庭」にある「たからの窯」でのワークショップでつくりました。たからの窯の庭や周囲に生えている木の葉や草を自由に採取して、好きな模様にしてよかったのだけど、すぐにハコベとヘビイチゴに決めました。Img_0848Img_0849

こうした野の草や野菜とかが今も大好きなのは、小さかった頃父が畑をやっていて、作業をするときよくわたしを連れて行ってくれていたからかも、とふと思いました。

小さい頃の記憶はうすらぼんやりとしていて、あまり覚えていないのだけれど、畑で過ごしたときの記憶はあざやかです。トウモロコシがわたしの背丈より高く育って、立派な実がなっていたようすとか。畑の端に、父が抜き取った草を山にしていたようすとか。畝と畝のあいだにしゃがんだときの感じとか。

ある年、イチゴを畝1つ分つくったのだけど、収穫できたのはたった1粒だったこと。その1粒を父がわたしにくれたこと。これもよく覚えています。今でも食べ物の中で一番好きなのがいちごなのも、このせいかもしれない。

そんなことを思い出すと、野草の模様のお皿(まんなかはイチゴの葉っぱによく似たヘビイチゴの葉っぱ)を、父にあげることができて、うれしかったです。

Img_0852 「たからの窯」は山あいのとても静かな場所で(駅から歩けるのに、登山道の入口あたりにあって)、うかがったのは雨模様の日だったけれど、とても安らぎました。また行きたい。

このお皿を見て、陶芸家の友人が「いいスジしてる、さすがクラフトウーマン(笑)」と言ってくれて、いやいやそれはひとえに、初心者でもつくれるように工夫してくださってる先生の努力のたまものなんだよ、と思いましたが、クラフトウーマンと言われてふと考た。

グリーンウッドワークや靴下を編むことなど、手仕事はやっぱりすごく好きだけど、これは母ゆずり。だけど、母が真剣に取り組んでいたジャンルの手仕事はやってこなかったな、と思いました。自覚的に避けてきたわけではぜんぜんないのだけど。パッチワーク、彫金、ステンドグラス、洋裁、レザークラフト。どれも今となっては、やっていたらよかったのに、道具もみんなそろっていたのに、と思うけど、やろうと思ったことはなかったのでした。母を越えられはしないことが明白だったからなのか、何なのか……?

20131012_133124とくに縫い物をしているときの母の手は「魔法の手」だったと今も思う。晩年母が一番気持ちを注いでいたのはパッチワークだったけれど、あの気の遠くなるようなサイズのものをひと針ひと針、手で縫っていた姿を覚えています。いつもみんなが寝た後、夜中の2時くらいまで縫っていた。

癌が進んで、目がかすむようになってからも、針を持とうとしていたことも、印象に残っています。母の遺作は、布を継ぎ合わせるところまでが終わっていて、あとはキルテイングするだけなのだけど、わたしは今だに完成させられずにいます。

Img_1070 個人的には母の彫金の仕事が、好きでした。形見分けでもらってきたこれは、今もお気に入り。オリーブの枝をくわえた鳩のモチーフ。かわいいです。

小学生のとき、自分で柄をデザインしてレザークラフトでつくってもらったペンケースも、今も持っています。

で、陶芸の話に戻ると。陶芸は前からあこがれてはいたけれど、やっぱり、自分のすることだ、とは思ってこなかったのでした。これもたぶん、祖母と祖父が陶芸をやっていたせいかもしれない。ふたりしてさまざまな器やお皿やカップを大量につくっていて、ふたりが亡くなった後、父と母は整理が大変だったみたいでした。で、かなり処分したらしかった。父は少し陶芸に興味を持っていた時期があったけど、結局やらなかったのは、「焼きものは作ったものが残りすぎる」という理由だったように記憶しています。割って処分しないといけないから、と言っていたような。

祖母と祖父はふたりとも手びねりでつくるのが好きだったらしくて、味のある(くせのある、ともいう?)ものばかりだったから、父と母にとっては使い勝手がよくなかったりしたのもあったかもしれないです。

Img_1110 でもああいう器は、重ねにくかったり洗いずらかったりしても、やっぱり好きだ。。。で、祖母の遺品の整理のときに、処分用の段ボール箱につっこまれていた中から「わたしがもらう」と言って引き取ってきたカップやお皿は、今もわが家で活躍しています。祖母と祖父のサインが裏に入っている、素朴でかわいい手づくりの器。楽しんでつくったことが伝わってくるものばかりです。Img_1109_2

野菜づくりも、暮らしの道具づくりも、それにいそしんでいる姿やその仕事を見せてもらってこれて、ありがたかったな、と思う今日です。自分が受け取ってきたもののすばらしさが分かるのは、こんなに年月が経ってからだったりするんだな。。。当たり前のように自然にそこにあると、なおさらそうなのかな。。

なんだか申し訳ない気持ち。

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2017.06.12

季節のこと

まだ調子が上下動していて、しんどさが続いていて、これは季節柄、仕方のないことなのかもしれないとも思いつつ。今日は、心がしんと静かです。凪みたいで、平和で、ありがたいです。

季節のことを書き残しておきたい気持ちがあります。自分にとって、季節がめぐることは、ひとつの大きな拠りどころ。自然の摂理を信頼できるときでもあるので。

Img_0970 このあいだ、ピンポンが鳴ってお隣さんが庭でなった青い梅の実を山盛りくださいました。5月は真夏のように暑い日もあったりして、季節感がよくわからなくなっていたけど、梅の実を見て、あ、今はまだこの季節、梅雨の前だよ、と実感しました。

Img_1009_2 いただいた梅は、さっそく黒糖で梅ジュースに仕込み。数日でどんどんエキスが出てきています。できあがったらお隣さんにあげる。たしか前回、庭の梅をいただいたときも、そうしたら、「これ、夏に飲むと元気が出るのよね」と喜んでくださったので、今年も喜んでもらえたら、と。

その数日後、夜遅くに帰宅したら、今度は玄関のドアノブに袋に入った梅が下げてありました。今度のはやや熟している黄色い梅の実。なんともいい香りでした。これは大家さんかな?と思って翌日外で会ったときに聞くと違うとのことで、誰がくださったんだろう?と思っていたら、これもこないだのお隣さんでした。Img_1006

お隣さんとの間に生えている庭木の剪定もなかなか手をつけられないでいる、ふつつかな隣人なのに、やさしくしてくださって、ほんとうにありがたいです。このあたりの人は、みなさん、マイルドでやさしい方が多くて、ほっとします。先日町内会の組長になって、初めて総会に出たときも、この土地のみなさんの人柄を垣間見た気がしました。

自分の精神がここ何年も安定していたのは、海の近くに越したおかげだ、とずっと思ってきたけれど、それは正確には、海がそばにあることと、それから海の近くで暮らす人たち(海によってほがらかにされている人たち?)に囲まれているおかげだったんだ、と最近思い至りました。

すでに熟しかかっていたこの梅は、明るい窓辺で3日ほど追熟させて、梅ジャムにしました。追熟させているあいだ、部屋中が梅のいい香りでした。別の部屋からこの部屋にもどるとき、とくに感じる香りの良さ。梅の香り、ほんとうに好きです。Img_1064

梅ジャムは、完熟の梅をたっぷりの水で茹でて、トロトロにつぶして、少し火を通すだけ。茹で汁もおいしいので、こちらは少し黒糖を入れて、ドリンクにしました。

* * *

ドリンクといえば、飲んで失神するのを何度か繰り返して以来、お酒は飲まないできたのだけれど、実はワインの中の酸化防止剤にアレルギーだったことが去年の夏はっきりして、それからはまた、ちょびっとずつお酒をたしなむようになりました。

陽が長くなってくると、ちょっとワインが飲みたくなってきました。酸化防止剤不使用のワインに、ハーブを仕込んで飲んでみています。

ロゼワインに、沖縄で買ってきたドライのローゼル(ハイビスカス)をひとつかみ。ロゼが赤ワインのような色に変わります。

Img_1044Img_1050 昨日は白ワインに、鉢植えで育っているローズマリーの小枝を25cm分くらい、漬けこんでみました。見た目がさわやかで愉しい。

ローズマリーワインは少しはちみつなどを混ぜて甘くすると自分向けになるかな、と思っています。

* * *

もひとつ、たぶん季節のこと。おととい浜へ行ったら、波打ち際に小粒の貝がいっぱいいました。みんな、波がわーときて、砂がさらわれて、体があらわになると、ぴょこんと向きを縦に変えて、急いで砂の中にもぐります。

ぴょこんと向きを変えるのを、みんなが一斉にやるのを見ているの、たのしいです。無性にたのしくなった。

Img_1039 Img_1036 写真にはうまく写らないですが。。。わずかにポツポツとなってるところ、みんな貝のもぐった跡です。

3年前にも6月に浜で貝の砂もぐりを見ていました。ってことはこれはここらへんではこの季節の行事なのかもしれないです。来年も観察を継続してみます。

今の時期はここらへんでは、あとはホタルとカジカガエル。まだ両方とも、今年は会いに行けてないけれど。みんな元気だといいな。

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2016.09.18

9月

20160912_075307 今年はジャスミンが例年になくたくさん花をつけています。3号ポットに入ったひょろんとした苗を植えて、何年たったのかな。もうすっかり大人な感じになった。

先日は、中秋の名月、きれいでした。下駄はいて夜の散歩に出て、うさぎがお餅つきしてるの、見えるかな―と目を凝らしたら、となりで相方が「あ、めがね、わすれた」と。遠くと見 るときに使うめがねらしかったけど、遠くといっても月はだいぶん遠いよ?と疑問に思いました。でもやっぱりかけるとかけないとでは違うらしかった。

Photoこの夜は、香港のともだちがくれた、巨大月餅を1/4だけいただきました。黄身が2つも入っていて、ハスの実の餡で、おいしかった!香港では、家族で集まって、ごちそうを食べる日だそうです。ごちそうのお皿がたくさん並んだ写真を見せてくれました。テーブルいっぱいにごちそうが並んでるのだけど、その下に新聞紙が敷き詰められていて。不思議に思ったけど、なんでも、おばあちゃん世代の人はめんどうを省くためにこうやったりするんだよ、とのこと。

さまざまな場所の、さまざまなしきたり、いいなあと、しみじみ。

20160916_110151 フィンランドのサンタさんからいただいた、フィンランド・サンタ一族の12カ月を描いたカレンダーでは、9月はみんなでやかんコーヒー(やかんの中に粉 コーヒーをどぱっといれて焚火で沸かすコーヒー)とマッカラというソーセージを焚火であぶるのとを楽しんでいます(先月は、サンタ一族みんなで森でブルー ベリー摘みをしていた)。なつかしいフィンランドの焚火。見知らぬグループ同士も同じ火をシェアしたりしていたこととか、思い出します。

秋も折り返し地点をすぎて、そろそろ自分ちあたりも、焚火日和になってきたかも。野山に行きたくなりまする。

でもこの秋は台風の挙動が物騒すぎて、なかなかキャンプにも行けずじまい。仕事の能率もなぜか下がっていて(水星逆行のせいもあるかな?)、家で木削りするのもままならない日々……。むーん。

相方のお誕生日も、例年、小旅行アドベンチャーをしてたのだけど、今年は台風の様子を見て、ごく近所の、新しい場所へアドベンチャーしてきました。江ノ島水族館と、寒川神社と、寒川神社の近くにある完全予約制韓国料理やさん。

寒川神社は、なんだかすーっとしている場所でした。お参りしようとしたとき前方で何かが執り行われている最中だったらしく、神主さんがふと鳴らした鈴の音が、とてもきれいではっとしました。

そのあと、お守りなどを売っているところへ行くと、「みすゞ」と書いた箱があって、なんだろうと思ったら、白い紐に結わかれた鈴が販売されていたのでした。そのほかにも、朱色の紐に8つの鈴が結わいてあるのも売られていました。神主さんの鳴らしていたののミニバージョンみたいで、音色はやっぱり、ほがらかに澄んでいて、きれいでした。

20160918_161210 境内の別のおみやげものやさんも覗いたら、そこには、さらにたくさんの種類の小さい鈴(というか、鳴りもののキーホルダー)がいーっぱい並んでいました。音色もさまざま。相方のお祝いに、水琴鈴というのを1つ、買いました。この鈴は、りりん、というよりかは、しゃららん、という音。後で、相方のギターと唄に合わせて、カホンを叩いて遊んでいたときに、この水琴鈴を合間に鳴らしてみたら、パーカッションの人がよく使うウィンドチャイム(シャラランと鳴る楽器)にそっくりで! とてもいい感じでした。

翌朝目覚めて、起きぬけに一番に思い出したのも、寒川神社の鈴たちのことでした。

でも、寒川神社の前に行った、完全予約制韓国料理屋さんの「オムニ」さんも、衝撃度は同じというか、上回っていたくらいでした。

20160913_134140 うわさでは聞いていたけど、ほんとうに、人生で食べたチヂミの中で、一番おいしいチジミをいただきました。あと、お店の真向かいの梨農園の梨を使っているという、梨のキムチも最高でした。梨の冷麺も……。そしてきわめつけに、わたしも、ご一緒した(た)さんも悶絶したのが、最後に出たいちじくのデザート。もうこれは、いちじくそのものよりもいちじくらしい!としか言えないお味で、口に入れた瞬間、びっくりしました。20160913_144244

オムニのママも、気さくなすてきな方で、「2度目に来るときはお客さんはもう家族みたいになっちゃうんだよー」、とおっしゃってましたが、なるほどそうだろうなと思いました。おなかパンパカリンに食べても後でちっとももたれないところもさすがでした。

相方も、ご一緒した(た)さん(彼女も同じく9月がお誕生日)も、食べることが大好きなので、よかったことでした!

* * *

江ノ島水族館は、近所にありながら、一度行かなきゃねといいつつ何年もたってしまった場所です。でも行ってみたら、興奮のるつぼに包まれました…。あまりに興奮して、ドキがムネムネじゃない、胸がドキドキして大変でした。いったん気を落ちつけに、水族館の外に出て喫茶店でお茶しないといけないくらいでした(水族館は入退場が自由です)。

相模湾大水槽という大きな水槽があって、もうこれが最高で、ここだけ見てるだけでも大満足なくらいなのに、さらに海獣のみなさんのショーや、お魚たちをダイバーが紹介するショー、深海の生き物のみなさんやクラゲファミリー、ひとりひとり個性が紹介されているペンギンたちやゴマフアザラシなどなど、みんなそれぞれにとても愛情をかけてお世話されている様子が伝わってきました。

ショーはいずれも、海の生き物ひとりひとりの個性を知ってもらって、もっと好きになってもらいたい、もっと親しみを持ってもらいたい、というのが一番の意図だということがびしびし伝わってくるのでした。人(お客さん)ありき、ではなく、生き物ありき。そう感じられて、嬉しかったです。

江ノ島水族館は、創業が1954年、日本で最初の近代的な水族館だったそう。いろんな分野でパイオニアなのでした。イルカはもう水族館生まれが5世代目。相模湾大水槽にいるネコザメも卵をレギュラーに生んでいるみたいでした。シラスの繁殖に成功したのも、実は偉業なのだとか。

光が届かないほど深い海に暮らす生き物は、色白でした。深海は水圧がものすごく高くなって、カップラーメンの入れ物をその深さまで沈めたとしたら、縮み上がってしまうくらいな場所。そんな場所でしっかり生きている生き物がいることは、なんというのかな、頼もしいな、と。わたしの心の奥底にも、そういう生き物が、ひょっとするといるのかもしれない、なぞと思いました。

14333146_10210415674287112_25498800 相模湾大水槽は、まるでお魚のおでこをじかになでなでしているような気分になれる、内側に湾曲したウィンドーもあって、そこでネコザメ(のタマさんかな?)に愉気もさせてもらえました(写真はネコザメさんではないほうのお魚)。

しかし江ノ島水族館は、情報量が多すぎて、くたくたになりました。最後はめまいのようなものがして体調がやばくなって、帰宅してからもぐったりしていました。大変だった。。。でも、また行きたい。

* * *

20160918_134826最近の手仕事は。。。今日はほうぼうでグリーンウッドワーク仲間のみなさんが、椅子づくりなどをしているのもあって、ひとり家で仕事をしてるのが切なくなって、まな板のカンナがけをしました。少しなぐさめられた。。ような。

相方のリクエストあって、つげ櫛のカバーを縫いました。母の形見の布で。布を工夫して折って、2カ所を直線に縫ってあとはひっくり返すだけ、という縫い方を参考に、デザインしてみました。なかなかおもしろかった。 20160916_203359 20160917_080854 20160917_080936

それと、以前相方のお誕生日のお祝いに、相方のおばあちゃんの形見の布でズボンを縫ったのだけど、その丈が長すぎるのを直して、と言われたきりになってたので、お直ししました。

20160918_093300 そして遅ればせながら、お誕生日ケーキとして、紅玉りんごで逆さアップルパイケーキをつくりました。今年の相方のお誕生日は前々日から始まって、1週間に渡ってだらだらと(?)お祝いをしています。こんな年もあっていいのかな。

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2016.08.20

夏の記憶&ミニスツールづくり実験のつづき

20160805_203009 今年は、蝉の声を聞くと無性にうれしくなります。そして、びっくりなことに、おととい夜だったかな、早くも鈴虫の声がしました。

旧暦で秋の月に入ったら、風の湿度がぐっと下がって、白百合も咲きだして、季節のめぐりを感じました。台風が来始めて、今は雨の多い地域のことが気がかり。。。

この夏は、わりと近場で楽しく過ごしてました。最寄駅近くのブラジリアンバーに誘ってもらってライブを聞きに行ったり♫

初めて姪っ子と姉がうちに遊びにきてくれたり♡

相方と空いている浜に花火を見に行ったり!!20160805_204743

一緒に海水浴に行きたいと声かけてくれたともだちたちのおかげで、浜で朝から晩まで浜で過ごす、豪華版海水浴を2回もできたのもうれしかったです☆ 今年は例年以上に海水浴をまっとうに楽しみました。

20160730_101924_2 (り)さんと行った1度目は、あお向けに浮かんで空を眺めてたら、太陽のまわりにおおーきな丸い虹が。この日はおゆうはんを波打ち際で食べていたら、海の向こう、水平線のとこにちいーさく花火が幾度もあがりました。赤い星が明るく輝いているのも見ました。あれはさそり座のアンタレスか、それとも火星か、どっちだったろう。。いい夜でした。

20160812_084328シュノーケルをしてみたいという(ひ)さんの一言がきっかけで出かけた2度目は、いつも行く浜でシュノーケルもして、焼き魚にしたらおいしそうな大きなお魚や、黒いボーダーがお似合いのお魚、ほぼ砂に同化している保護色のお魚など、予想外にいろんなお魚を会えて、すごく楽しかった!体長30センチくらいの魚の群れが向こうから来て、わーっと両側をはさまれた瞬間もありました。迫力あった。。

ちょっと深いところでシュノーケルしすぎて体が冷えてしまって、波打ち際の平たい岩の上で、お湯のようにあったまった海水に浸ろうと、5人でならんで「寝湯」したのも楽しかったです。

お魚があまりいない場所でも、シュノーケルをつけてうつぶせて海に浮かんでいると、白砂の海底に光の波紋がゆらゆらゆれて、天国のようでした(この日は特に水がきれいで)。あの波紋を眺めているのは、相当幸せ感がある。十代の頃から、水に入っているとき一番好きなのはこれです。

太陽が傾き始めた遅い午後に、きらきら光る水面を水平線にむかってずーっと泳いでいくのも幸せ。。。

そんなにものすごくきれいな青い海!っていうわけではない、近場の海でも、こんなに楽しいってすごい。そして大人になっても、こんなふうに海を一緒に楽しめるともだちがいてくれること、うれしいです(海の達人の友だちには、海水浴のかっこいい終え方も教わることができました)。ありがとう♡

それからもひとつ、今年増えた近場の楽しみは、うちから都心とは逆方面にある、すごいパフェを食べさせてくれる喫茶店。わざわざ電車にのって食べに行きたいお店です。

20160806_174437 二宮にある山小屋という喫茶店。お店の雰囲気もすごく気持ちよくて、ほんとうに山小屋みたいで。

このパフェがどうすごいかというと、フルーツもアイスもソースもトッピングも何種類もあって、それを自由に(いくつでも)選んでオーダーできるのです。どの組み合わせも同じお値段。この組み合わせだとどんな味になるのかな!?とわくわくしながら考える楽しさ。。。組み合わせによって、まったく違う味の世界が広がります。そして、いずれも後味はさっぱりとしていて、変に甘かったりしないのです。すごい。

20160806_174441_2 相方は、ここのパフェづくりの達人おすすめの組み合わせの「桃とタピオカのパフェ」が大のお気に入り。わたしは自分で選んで組み合わせてみるのにはまっています。

* * *

さてはて。まとまった休みがなかなかなかったのだけど、20160817_131137 数日前、長いこと途中のままになっていたミニスツールをようやっと仕上げました。

最初に、剪定した庭木のセンダンを切ったり割ったり削ったりして部材をつくったのが、2月末。ゆっくり乾燥させて、フレームを組み上げたのが6月6日。脚の面取りとオイル処理をしてフレームの仕上げをしたのが7月22日。ようやく座編みをしました。

20160817_114609_2ひとつめのスツール(大きいほう)をつくったときに余った麻テープが9.8mあったので、これで編んでみたら、ほぼちょうどぴったりでした。編み終わったら50㎝ほど余っただけでした。

2mm厚、2.5㎝幅、長さ25mの麻テープ一巻きで、ちょうど大小2つのスツールにちょうどいいとは、計算してなかっただけに嬉しかった!

20160817_132310 そしてもひとつ嬉しかったのは、計算したわけではなかったけど、ミニスツールが大きい方のスツールの下にぴたっと収まること。使わないときば、場所を取らずにしまっておけます。

 今回は長さ50㎝のうすべったいヒノキ板がたまたま手元にあったので、これを編み棒に使いました。あとは太めの編み針(編むときの道を開く道具)、かまぼこ板(編み目を押して整える道具)、ミニピンチ1つ使いました。最後の1列は苦労しました。ビニールテープと細い平たい棒でやりくりしました。20160817_131248

次の実験段階は、使い心地と耐久性を見てみること。今のところ、しっかりしていていい感じです。

20160727_112714 使い始めてしばらく経つ、大きい方のスツールは、わずかに座面がゆるんだかな、というのはあるけれど、フレームそのものはしっかりしたまま、元気です。これに数時間腰掛けてスプーンを削ったり、椅子にすわったときのオットマンにしたり、パソコンのちょい置き場にしたり、日々愛用しています。

ひとつ気づいたのは、樹皮を剥いでいないほうの脚の、樹皮がぼこっと出ている場所が、乾燥すると細かな木くずを落とすこと。はじめ、虫くいでも起きたのかなと思ったけれど、穴もなにもないので、ただ表面が乾燥して落ちるらしいことがわかりました。

つるんとしたままの樹皮がついている部分には、何も起きていないし……。

ミニスツールは、フレームの仕上げのときに、樹皮付きのパーツも、剥いだパーツも、すべて同じようにオイル仕上げをしました。もしかしたら、これで乾燥が防げて木くず落下を防げるかもしれないので、様子を見てみよう。。

今木くずが落ちてる、大きいほうのスツールも、今からオイルを塗ってみるのも一案かもしれないな。

悠長な実験が続きます。。。

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2016.07.21

夏の養生策&スプーンナイフの砥ぎのこころみ

20160718_115440 「猫の額庭」のかえでが、窓の向こうであおあおと元気で、部屋の中からみると、額縁に入った絵のよう。麗しいです。

毎日暑かったのと、参院選、都知事選のことで頭もきもちもいっぱいになっていて、今年の7月はなかなかこたえました。。。いろんな不安や心配がアンダートーンとしてそこにある感じで、体力が奪われているようなふうです。

でもようやく水無月も満月を越えてのこり2週間。この下弦の月のあいだに、少しはちらかっている頭のなかや、案件をお片づけして、養生もして、少し落ち着いて過ごしたいです。

20160719_161807 最近の養生策。。近所に出かけるときは、下駄で歩いていくのがブームです。相方は下駄で歩くと、肩凝りが解消されていくとのこと。2人で歩くと音がにぎやかで愉快です。でも喫茶店に入って、トイレに立ったりするとき、他のお客さんにふりかえられたりします。。。

とても履きやすいこの下駄は、郡上八幡の郡上木履さんの。お世話になっている岐阜の森林文化アカデミーの卒業生の方がはじめたブランドで、地元のひのきで つくっておられます。郡上踊りの踊り下駄。(郡上踊りを踊る人は、ひと夏でげたを1足、はきつぶしてしまうそうです。。!)和の虹色の鼻緒も気に入っています。

数十分、この下駄を履いて出かけて、帰宅すると、家の中のフローリングの床がふわんふわんにやわらかく感じます。すごくおもしろい現象で、毎回よろこんでしばらく家の中を歩き回ります。体の感覚っておもしろいなあ、とつくづく思います。

20160720_171859 この時期の養生策その2は、古典的に、海水浴です。昨日は、相方が珍しく休みだったので、夕方から、少し遠くのお気に入りの浜へ行きました。まだ夏休み前だったのと、この浜の近くの別の浜で大きな花火大会が開催されていたことから、こちらの浜はがら空きで、とっても快適でした。

波もおだやかで、まるで湖で泳ぐみたい。傾いた太陽にきらきらひかる水平線に向かっておよいでいくとき、久しぶりにとてもシンプルなただの生き物になりました。

足がつかない深さになると慌てる日もあるけど、この日はまったく不安もなく、のびのびとおよぎました。

20160720_180813 砂浜で砂遊びをしたりもして。とてののんびりした。。。浜に座っていると、風の温度も空気の温度も完璧に心地よくて(暑くもなく寒くもなく)、すぐそこまで打ち寄せてくる波の音も景色も楽しくて、ほんとうに居心地よかったのでした。

家にいるとあづいーと思っているときでも、浜へいくと涼しい(海にちょっと入ってからだとなおさら)。

家の近所の浜に、ざぶんと入りにいくことも、この夏1度、やりました。ほんとうにざぶんと入って、帰ってくる。海水浴だといってあれこれおおごとにならずに、水着をきたまま自転車で浜まで走って、また水着を着たまま帰ってきます。これだけでだいぶん涼しくなります。家で水風呂に入るんでもいいんだろうけれど。。。

やらなくちゃいけない仕事も、やりたいグリーンウッドワーク関係のこと(とくに砥ぎ!)も、たくさんあるけど、とりあえず夏の日々は、体力的になんとか生き延びることが優先、という感じです。。。

* * *

あ。でも砥ぎも、グリーンウッドワーク指導者養成講座で前回、砥ぎを教わって帰ってきてから、すき間の時間にスプーンナイフ(クルックナイフ)だけは砥いでみることができました。

20160721_160959 いままでおっかなびっくりで、へんな刃になってはいけないと腰抜けな感じでしか砥げずにいたのだけど、今回教わってから、思い切ってハラを決めて砥いでみたら、なるほどー、ちがうー、というのがよくわかりました。

このナイフをつくってくださった大泉さんには、フィンランドに送ったら砥いでくださる、と言ってもらっていましたが、自力で砥げないことにはしょうがない、と思っていたので、今回教わることができて、ほんとによかった。。。

砥ぎというのは、砥ぎあがりのきめ細やかさが、そのまま削ったときの木の断面にコピーされる、と今回聞いて、とてもわかりやすかったのでした。刃こぼれしていると、そのカケの部分が筋になって断面に残る、というのは体験済みで知っていたけれど、もっと見た目に明らかでないきめ細やかさの度合いについては、それが削ったものにどう影響するのか、はっきりわかっていませんでした。よく切れると、力ずくにならずに済むから、ケガなどの危険が減る、というくらいしか考えが至っていなかった。。。おかげさまで用途によって、どういうふうに砥ぎたいかを判別する基準もはっきりしてきました。

「刃がまったくついていない。。(汗)」と先生に見せたときに言われたわたしのスプーンナイフは、砥いでみた今の状態も、先生に見せたらたぶん相当あやしい出来だーということになるとは思うのだけど、それでも!少し前にこの「刃のついていない」状態で削っていたスプーンのさじ部分をあらためて削りなおしてみたら、「なんて快適!そして削り跡が断然きれい!」と思いました。刃のほうも、青棒を使ってみることで、一応(?)ミラーフィニッシュに近づきました\(^o^)/

やはり切れない刃物はよくないですね。。時間をかけて一生懸命、へたな努力をしていたなあと思います。ストレスなく、きれいに仕上がる、というのは気持ちがいいです。自分のやったことのフィードバックが鋭敏に返ってくるって、楽しいです。

道具がよくなっただけで、自分の腕が上がったように感じる。。。改めて、道具のクオリティって大事だなと思い至りました。自分の手に合った大きさだとか、ふさわしい砥ぎ具合だとか。

削っただけの仕上げにあこがれている(サンディングをしないで仕上げたい)自分としては、砥ぎはときめきの源になりつつあります。(砥ぎについての講座を受けた帰りの夜行バスでは、またいつものように、飲み込みのはやい他の受講者のみなさんと自分をくらべて、ひとしきり落ち込んでいたのだけど、毎回踏まれた雑草のごとく好奇心がまた起き上がってきて、モチベーションがふたたび上がり始めるのでした。。。しぶといな、わたし。。。自分は、こういうことをする器量がないのだから、ふさわしくない、やっちゃいけない、他の人に機会をゆずるべきだetcという想いは常にそこにあるんだけれども、好きになっちゃんだから仕方ないよなあ、と開き直る気持ちも出てきています。) 

やっぱり夢中になって手を動かしていると楽しくてたまりません。

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2016.06.09

梅仕事、庭仕事、ミニスツールづくり実験プロジェクト

20160607_144809 太陽太陰暦では、もう皐月。少し前ですが、急に相方が思い立ってくれて、ほたるのいる谷戸へ、夜中に自転車を走らせてみたら、もうちらほら、出はじめていました。ほたるって、どこか時空を超えた感じがあって、すきです。

日々があっという間に過ぎていく、せわしなさは相変わらず続いているのだけど、先月末に遊びにきてくれた(魔女の)ともだちのおかげさまで、ここ数日は、変に焦ってばかりいることから離れられていて、落ち着いていろいろこなせています。ありがたい。。!

とはいえ、ともすると、日中にへたばってしまうとかもあり、魔法(?)に頼るだけでなくて基礎体力向上をテーマにかかげないといけないと思うようにもなってきました。健康は日々のコツコツから、というともだちの言葉と実践に触発されたのもあります。

とにもかくにも、ようやく庭木の剪定(去年さぼったから2年分!)と、雨どいの大掃除と、梅仕事とミニスツールプロジェクトのつづきとをやれたので、自分的にはかなりほっとしています。仕事を後回しにしてるのが少しまずいけれど。。。でも仕事は取り組みはじめると他のことが何もできなくなるので、どうしても。。ね。。

20160605_080330 20160607_112032 梅仕事は、じつは今年はお休みする方向で考えていたのだけど、熊本の有機野菜を送ってくださった農家さんから、サービスで梅をいただいたので、急きょ一部を梅干しに、傷みが出たのを梅ジャムにしました。いつもは梅シロップを仕込むのだけど、相方は梅シロップがそれほど好きでないので、今年はジャムにしてみた。はちみつでひと瓶、黒糖でひと瓶。あと少し前に山椒の実をいただいて!これは塩漬けにしてみました。20160530_104926

雨どい掃除は、ひとりで梯子にのぼってやりました。全部やるのに5時間。。。でもずっと気になっていたので、ほんとうにすっきりした気持ち。西側の雨どいのお掃除は、特に最高に楽しかったのでした。ここだけ、梯子からセンダンの木に乗り移ってやるんだけど、この木のぼりが楽しく嬉しい。今の時期のセンダンは葉があおあおとしていて、かわいい黄緑色の丸い実もついていて。登らせてもらっているあいだじゅう、なんて美しい樹なの!と大絶賛が心の中で止みませんでした。センダンの木、ほんとうにだいすきです。

しかしこの木が秋に一斉に葉っぱを屋根に降らせるから、雨どいがつまる。。というのもあるのでした。それで今回は工夫を試みた。オグラカップさんというすてきな発明家の方がつくっていらっしゃる「トイクリーン」なるものを、入手しておいたので、これを設置。設置は簡単にできました。これで葉っぱのつまりがなくなるなら、すばらしいな。センダンの葉っぱの数は容赦ないから、もしかしたら追いつかないかもしれないけど。。。様子を見てみます。

東側のセンダンは、おとなりの家の雨どいにさしかからないようにと、冬のあいだにだいぶん切ってもらっていて、そのとき切った枝からスツールを1つ、すでにつくりましたが、もうひとまわり小さいスツールをつくる実験プロジェクトも、まだ進行中だったので、続きをしました。

このミニスツール実験プロジェクトでは、まず貫と座枠を直径12.7mmで削り出して、テノン(ホゾ)をつけたのが、2月29日。それらがカラカラに乾くのを待ちつつ、脚のパーツとして枝のまま(樹皮がついたまま)のセンダンを長さをそろえて切って(4月2日)、これらもすべて室内に置いて自然乾燥させていました。前回の大きいスツールのときは脚の乾燥が甘すぎてスプリットが出たので、今回は長めに脚を乾燥させてみたわけだけれど(2か月間!)、長すぎて乾きすぎちゃってないかが心配でした。

20160605_164201 とりあえず、脚のうち2本を、樹皮のない状態に削ってみました。削り馬の後足のホゾを削りなおしてジョイントを改良したので、安定がぐんとよくなって作業しやすかった。ミニスツールの脚はすでに2カ月乾燥させたので、樹皮がなくなっても急激な乾燥による割れの心配はないかな、と思ったけれど、念の為、樹皮を削ってすぐにブッチャーブロックコンディショナーという蜜ろうオイルを塗っておいた。

20160605_164416 ミニスツールの貫・座枠のテノンは、直径12.7mmだったのが乾燥後には直径11.7~12.4mmになっていました。ホゾ穴のサイズは直径11.5mmにすることにして、貫・座枠のホゾをナイフで縦12.0mm×横11.7前後の楕円形に調整。ちょっと手がかかりました(汗)。

乾燥しきった(生木ではない)センダンの切れはし枝に、直径11.5mmの穴を開けておいて、この穴にはめてみながらホゾの微調整をしました。穴に「きう」というきしみ音とともに入るくらいがちょうどいいサイズ。

20160606_221951 20160606_222423 そのあと、いよいよ脚4本にドリルで穴をあけて(これが一番神経使う…穴開けがまがりがちなわたしなので)、一気に組み上げました。パイプクランプで締めていって、ホゾがホゾ穴に入っていくときの「パキン、パキン」という音、なかなかよい感じでした。今回も実験として、糊なしで組みました。

わたしは出来上がりの形に多少ゆがみが出ることになっても、パーツは木目に沿って削ることを好んでしまう変態(?)です。。。だから組み上げはほんとにど きどきする。果たしてちゃんと組み上がるのか、ものすごくゆがんだらどうしよう、折れたらどうしよう、とスリル満点です。20160607_000323

今回は無事組み上がりました。目立ったゆがみもなくて、強度も大丈夫そう。センダンは細くてもしっかりしているように感じます。まあ、使用時の強度はこれから使ってみないと確認できないけれど。。

20160607_001108 今回は脚にスプリットは出ていないです。樹皮を剥いたほうの脚の穴開けのとき、下穴を開けるつもりにしてたのに、忘れて下穴なしでやっちゃったけど、大丈夫だった。

もう何日か、組み上がったジョイント部分の観察をしてから、座編みをする予定にしています。

* * *

「猫の額庭」の庭木の剪定は、切った枝葉の処理を相方が手伝ってくれたので、今年はだいぶんはスピーディーにできて、ほんとうに助かりました。ずっと「やりたいことリスト」に書いておきながら、なかなかできずにいたのだけど、翻訳仕事に切れ目が出ている今のうちに、と思ってやりました。

ただ実はその直前に、お隣の大家さんが、3日間職人さんに来てもらって共有庭のほうの木々をだいぶんスッパリと切ってもらっていて、あまりにスッパリ切られたので、なんというか、うううという気持ちになっていました。

20160603_233615 それでひさびさに少しだけ木削りしたら、とてもなぐさめられて。岐阜の講座のときにもらってきたエゴノキで、子供用スプーンを1つ削っただだけなのだけど、削っていると、ざわんざわんしてた気持ちが落ち着いてきて、共有庭の木々を剪定してもらったことで風通し・光の入り具合がぐんと増したことの良さを思い返したり、剪定で出た幹や枝をたくさんいただいたことも、グリーンウッドワークをこれからもっとがんばるきっかけをもらえたのだなと思えたり、この枝や幹は、きっと別の形で生きるようにしたい、と心から思ったりしました。

「猫の額庭」の木々はそれほど切りすぎないようにと思いつつ、環境再生士の矢野さんにちょっとだけ教わった原理を参考にして切っていきました。でも切りだすと、どんどん切ってしまう。。さっぱりすることを木々本人が喜んでもいたようで。そんなときに大家さんが見に来て「うちがあんなに切ったからって、そちらも切らなくちゃいけないってわけじゃないからね。。。」とやさしいお言葉をくださったのは、うれしかった。。。翌日にはお向かいのおじさんが「すごいねえ、ひとりでやったの?職人さんが来ていたのかと思ったよ」と言ってくださったりもして、お隣近所、みなさん気のいい方ばかりで、ほんとにありがたいです。

そして剪定で出る庭木って、すごい豊かだなあと改めて。グリーンウッドワークは山や森の保全・手入れに伴ってやるのが理想的だと思うのだけど、わたしは今のところ、身近な庭木との関係を深めることのほうに誘われているもようです。そしてそれがすごく嬉しく楽しかったりするのでした。日々同じ場所で一緒に過ごしている木々だから、なのかな?

ただ、自分の暮らしている関東の果樹などは、口に入れるカトラリーにするには若干の不安もあるので、西の遠方のお知り合いからも、剪定で出た果樹をいただけるのが、これまた嬉しかったりするのでした。

木削りは、なにより自分にとっては精神安定剤で。。。皐月の新月の午後、削り馬にまたがってミニスツールの脚になるセンダンの樹皮を削った後も、ソファに横になったら、胸の奥からじんわり幸せ感が押し寄せてきて、どうしたことかと思いました。

木々には、ほんとにお世話になっています。

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2016.05.21

植物力、というか

20160504_095212 玄関先で今年はアーチ状に茂ってくれたノバラは白い花を咲かせ終えて、知らぬ間に生えていたスズランや、ワイルドストロベリーも(どちらもやっぱり白い花だな)花をひととおり咲かせて。

20160426_112437 麦なでしこ(父が種をくれて秋にまいたもの)やクリスマスローズなど長く咲き続けてくれていたのが終わりにさしかかって、

20160521_150451 ここしばらくはハクチョウゲが満開で、キウイは薄オレンジ色の花をつけているところ。

20160521_150251 そして何年か前に相方が生徒さんからいただいた鉢植えの紫陽花も、数年ぶりにかわいい花をつけていて、うれしい。きれいだな。挿し木からすっかり大きくなったランタナも、地道にロングランでぽつぽつ花を咲かせてくれています。

20160521_150306 少し前に、なぞの芽が出た、と思って大事に様子を見ていたのは、シソでした。今やどんどん大きくなっていて、頼もしいかぎり。ヤツガシラも、プルメリアもまた新たな葉っぱをぐんぐん伸ばしだしました。

20160521_150413 20160521_1503004月終わりに種をまいたミニトマトもしっかり育ってきていて、5月になってからまいた藍と風船かずらも芽出しが始まりました。

季節のめぐりは、ほんとうに着々と、とまることなく進む。。。わたしが生活に追われてあっぷあっぷしている間に、みんなは着実です。

わたしも生活なんかに追われているより、もっとちゃんとみんなとめぐりの歩調を合わせていけたらいいのにな。仕事がぱつぱつなのと家事や夏じたく、いろいろ押し迫っているように感じていて、すぐしんどくなってしまいやすいこの頃でした。昨夜仕事のヤマを1つ超えられて、今日はひさびさに少しくつろいで、心の羽根を伸ばしてみれている感じです。

* * *

今朝は、ずっとうちに来なくなってひさしかった、野ねこの(さ)さんが、再びやってきました! しかし痩せこけて、ただでさえ小さめの体が一層小さくなってしまっていた。猫ミルクと猫ご飯をあげたら、すごい勢いで飲んで食べてたけれど、見たら食べながら目から涙を流していた。

食後、少し落ち着いて、顔を洗ってくれて。わたしもちょっとほっとしました。でも何があったかわからないけれど、だいぶんつらい日々だったのだろうと思う。商店街へ自転車を走らせて、消化しやすく栄養価の高い、子猫用のごはんを買ってきました。(さ)さんはもう子猫ではないけれど、今の状態にはふつうのごはんは負荷をかけそうに思えて。

そして(さ)さんを、うちの中で暮らしてもらうようにしてはどうか、とまた考えが走りだしています。どうも、外での暮らしを楽しんでいるようなタイプには感じられず、安心できる場所でのんびりしているのが好きそうに思えてしまうのだけど、それは自分の投影かな。

わたしもつい先日、とても悲しいできごとがあって、その記憶がなかなか薄まらなくて、対人恐怖がいままでよりも、やや大きくなっていて、電車で見知らぬ人の隣に座っているだけで危険を感じて緊張する、というような出方をしてしまっていました。通訳仕事で出かけなければならないので、出かけるけれど、仕事がすんだら飛ぶように家に帰ってくる、というこの頃でした。

知っている人、なじみのある人と会うと、心からほっとするのでした。なじみのある場所も安心する。

こんなとき、今までいろいろ学んできたこと、役立つツールがいっぱいあるはずなのに、それらを使うことすら思い付かなくなるのは興味深かった。ただひたすら膝をかかえてうずくまっている(心理的に)ことを、していたい感じでした。そうやっているあいだに、わたしの意識のとどかないところで、知らないうちに何かがプロセスされていて、そしてふたたび普通に元気になる、ということがあるように思えていて。

そして実際なにも工夫も対策もせずにいるうちに(ただ相方には話をきいてもらったりしました――ありがとう)、今朝の起きぬけに、全身の磁場(?)がそろうような体感が来て、大丈夫感がやってきました。この大丈夫感は、なんというか、ハラが決まった、みたいな感じでもありました。なにかが、無理なく自然と、きっぱりとして。なにか大きな全体像が見えた感じで、その全体において、わたしの中のなにかがはっきりしたような。うまく言えないけれども、とにかくもう翻弄されている感じはなくなったのでした。

あ。これは、居なおる、という感じなのかもしれない。

季節のめぐりとともに、確実に着実に変化して、生きるということをまっとうしていく、そういう植物のようなところが、自分の中にもある、ということなのかな。そのように、できているのかな、生き物として。

野ねこの(さ)さんも、やせこけちゃったけど、生きていて、うちに来てわたしに声をかけてくれたんだから、生きる力は、きっとだいじょうぶ。。損なわれていないすこやかなところがちゃんと活躍してくれているはずなのを、信頼しようと思います。

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