2019.01.05

”国家”と自然、身体と言葉

Img_6779 年末年始は、〆切仕事、家事、家族のことでいっぱいで。それ以外の時間は疲れ果てて寝るか、泣くかで。。やっと今日になって、自分の時間が来た。何日ぶりかで、テレビの音やおしゃべりのないところで、ひとりで過ごせる、自由時間。耳が、すごく疲れていたんだと、気づきました。

思い返すとたぶん、12月初めから、ちょっと神経をやられてたもよう。

22日にシャマン・ラポガンさんの鉄犬ヘテロトピア文学賞の授賞式に行ったあと、近年体験したことのなかった「寄る辺なさ」を感じたこと。

ラポガンさんの文学がどれだけ中国語圏の人たちの無理解と無視にあってきたのかを初めてリアルに感じたあの夜。翌朝、ラポガンさんの「受賞の辞」という文章の中の「島嶼と海洋は、もともとわが民族の”国家”であり、風、雲、雨、陽光、波、星空、生物、植物などは私たちの教育者であり、」というところを読んで発作のように涙が出てきたこと。

わたしは自分の組成が何なのかいまだによくわかってないけど、嗚咽が勝手に起こるとき、何かを探り当てた感触は確かにあって、そちらのほうが一層(one layerという意味の)深いところにある事実なんだろうといつも想像する。

昨日海を見たら、ようやくちょっと、ひと心地がした。海はやさしい、と思った。ラポガンさんのお母さんは、海に入ってなかった頃のラポガンさんのことを「お前はずっと陸に吹く風にいじめられている」と言っていたそうだけど、これ、やけにリアルなフレーズ。。

年末から、十数年来なかった肩こりで身体が日増しにがちがちになっていくので、なんとか自分の身体と向き合ってこうと毎日試みてたけど、なにもまともな成果も出ず、ただ耐えるしかなかった。身体はほんとうに正直だから、わたしがどんな声をかけるか、どんな態度をとるかで、応答の質はまったく変わってくるのだけど、今回はほんとうに、何を言っても思っても何も起こらなかった。固く閉じたまま。年末に知った、ある人の性暴力のニュースの影響も大きかったかもしれなくて、昔の記憶が芋づる式に次々に浮上して、自衛するには閉ざすしかないのだ、安心できる場などないのだ、という想いに身体が憑りつかれたみたいだった。

昨夜はとうとう「これは身体が文字通り悲鳴を上げているんだな」と思った。くたびれ果てて服をきたまま布団にもぐりこんだ。それで今身体に起きていることすべてに「You have every reason to be this way」とだけ言って、その後はそれ以上の言葉を重ねず、ただここにいた。そしたら外で吹く風の、親しみのある音がして、家の中のベッドの上にいるのに外にいるみたいな気持ちが少しして。それから、なぜかトイレットペーパーの筒のようなもの(でも筒の壁は厚さ4センチくらいある)を持って覗き込むような映像が浮かんだのでそれをただ見たら、ついに身体からの応答があった。。身体が勝手に動いて緩みだした。

映像は瞬時にどんどん移り変わっていった。。草花や木々がうっそうと黒くびっしりとしげる中にあざやかなピンクやオレンジの花のようなものがそここに浮かんでいる図。それが最初で、なんだろこれ、と思ったとたんにまた次の映像になって、そんなふうにどんどん続いていった。まったくなんの意味もわからない。連想力だけは高いらしいわたしでも、なんの連想も意味も関連性も見つけられない映像の羅列が続くのを、価値判断やら意味判断やらしようとするのを全部放棄してただ見てた。まったく意味をなさないけど、映像を止めようとしないようにした。身体はどんどん勝手に動いて必要なプロセスを踏んでいるようだったので。上唇の裏側がびよーんと伸びをするように伸びたり、右の肩から腕までが遠山の金さんが決め台詞を言う直前に着物をはだけるような感じで外へ向かってどどーんと出て行ったり、両足がまるで手になったかのようにお互いをこすりあわせてさすりあったり足首まわりをさすったり、頭の中の奥のほうで「クックックッ」と規則的な間隔で極小のクリック音が鳴ったり、右腕が宙に上がっていって手首から先がゆっくりと動いて気が指先に満ちるような感じになったり、右ひざが宙に上がってからバタっと落ちたり。

こうやって身体がおのずと動いてくれると、やっと解放が始まった確信が得られて安心した。。。夜中なのに全然眠っていないし、意識は覚めきってるけど、「眠らなくちゃ」という焦りはまったくなく。この自然運動さえ起きていれば、意識は眠れてなくても、明日には身体がぐんと休まって自分の状態もよくなっていると経験から知っているので、となりの相方の寝息やときどき始まるいびきをききながら、ただ動いていく映像と身体を体験しつづけた。。。

ぼんやりと、昨夜読んだ、野口裕之さん(野口晴哉さんの息子さん)の文章の中の「我を捨てて迎え入れる物は<自然>であり」というところを思い出してた。

野口さんの「生きることと死ぬこと―日本の自壊―」という2003年の文章は、久しぶりに心に迫ってきた文章だった。。近代の日本がとった「欧化啓蒙政策」を見ていったもの。筆頭で例に上がっていたのが、ヤマザクラがソメイヨシノにとってかわられたこと。そして木造建築文化が、建築基準法によって破壊された経緯(木材を「干す」のと「乾燥させる」のの大きな違いも指摘されてた。彼は身体教育の専門家のはずなのになんでこんなに建築関係に詳しいんだろう?)。そこから近代学校教育の理知主義・客観主義偏向を語っておられて。「文化は道理の通らぬ領域」「人生が道理の通らぬ世界と共存していることを指すような啓蒙もある筈である」と語りつつ、「客観主義」についてはこんなふうにおっしゃってた↓。

物事に対して或る距離を措き、(この距離感こそが近代知の極意らしいが)、感覚経験の熱性から免れようとする。自らに発生した感覚に対してすら、絶えず牽制し続ける保身術の習得は近代人必須の教養である。佳いと言わずに悪くないと呟くことで自らを冷却する。自失する程の感動も情熱も永久に生まぬ冷静さこそ客観主義の到達する境地であろう。こうして客観的理知主義は、自らの人生の当事者にすらなろうとしないのである。

 この奇怪な人生に対する態度が、日本の近代精神として定着し得たのは<即天去私>や<無我>という伝統的な精神を曲解した結果であると思われる。伝統的に<自我>は確かに煩悩の一つであったが、我を捨てて迎え入れる物は<自然>であり、自然の意に身を委ねる道を日本人は求め続けたのである。

 対して客観主義は、我が身を卑少として何を迎え入れようとしたのか。正当性をもつ第三者とは何者のことであるのか。

 客観主義とは、つまるところ、多数と権威を正当な尺度とするのである。大衆の理知である常識と国家社会に認められている権威あるものに自らの思考の基準を求める。客観主義が自己を捨てて迎え入れるものは国家と社会であり、こうして自らの知性を国家の歯車の中に組み込もうとするのである。キルケゴールはここで呟く、近代にあっては<ひとり情熱だけが異教徒である>と。

国家。ラポガンさんは中国でも台湾でもなく、「島嶼と海洋」が自分たちの”国家”だとおっしゃってた。そこに立脚することができる、そのためには「文化を生きる」ことなんだと、そう示してくださってるように思えてる。

いっとき島を離れて、いったんはわすれてしまっていた「うた」を、どうやって取り戻したのか、という質問に対して、ラポガンさんの答えは、夜な夜な海に入って、素潜り漁の練習をした、というお話だった。1年目、2年目とだんだん深く潜れるようになって、3年目には10メートル、4年目には30メートル潜れるようになって、そしてやっと両親に、魚を取れる人、海の仲間として、認められた、こうして自分は自信を取り戻せた、と。

授賞式で、受賞のあいさつの最初にいきなりうたいだしてくださったラポガンさん。うたによって受け継がれていく文化では、言葉は紙でなくて、身体に宿ってる。

受け応えの一つ一つ、ラポガンさんの言葉がでてきている場所が、すごく具体的であること、心に残っていて。前回お会いした時も、そうだったんだけど、むしろ言葉に身体が宿っているというか、みしっと気が満ちているというか。それを東京の真ん中で聞くと、なおそうだった。。

| | コメント (3)

2018.12.20

贈り物包みのアイデア

Img_7210もうすぐ冬至。。毎年冬至の前には「猫の額庭」の植物のみんなに一肌脱いでもらって、常緑のリースをつくっていたけど、今年はつくらないままになってしまった。。今からでもつくるといいのかな、と思いつつぼんやりしています。写真は2010年につくったもの。食べたあとのミカンの皮を干しといたのを飾って、明るくつくったんだった。3.11前の日々のことは、記憶の中で断絶があって、このリースをつくったときの記憶も、振り返ろうとすると不思議な気持ちになる。

でも過去の12月の写真を眺めていて、冬至のころに贈り物をしあうのって、寒い北半球の場所ではこころがぽっとあったかくなるいい風習だなあと、しみじみ思った。年末にこころの調子をくずしやすい自分も、サンタさんにだいぶ助けてもらってきたんだなーと思う。

贈り物は、包むのも楽しい活動。。。 このところ、何年か前に使ってたGreen Peaceさんの大きな写真カレンダー(動物が自然の棲み処で写っている)を大事にとっておいたのを、包装紙にして使ったりしています。大きいカレンダーだと、いろいろ包めて便利。しかもカレンダーはたいていしっかりした紙質なのでよいです!(小さめの贈り物なら、風景やきれいなものが写っている雑誌のカラーページもいいですね…)。

Img_6550

Img_6556Img_6017_2こないだはワシが写ってる月のカレンダー紙で包みました。

ペンギンが写ってる月は、包んだらちょうどペンギンが左隅に来た♡

少し前にはヤギが写ってる月でワインを包みました。このときはドライフラワーでつくったミニスワッグを首からかけてみた。

ドライフラワーのスワッグは、手軽につくれてかわいいので、贈り物に添えるの楽しいです。

Img_6014Img_6015

スワッグそのものをプレゼントにしたときはこんな感じに包んでみた。

チョコとハンドクリームを贈るときにミニスワッグをつけてみたりしたこともあった。

Img_6011_2

気に入った植物をいただいたり見つけたりしたときに、家の中のあちこちにつるしておけば、それらをちょこっとずつ合わせるだけでスワッグがつくれます。元気なうちにつり下げるとわりときれいな色のままドライフラワーになる花、結構あります。

Img_5640

いただいた花束が、ドライフラワーのスワッグになったり。。

プレゼントを包むときのリボンとセロファンは、新しいのを使いますが(といっても、結構手元にとっておいたのを使うこともあるけど…)、それ以外はたいてい家の中にあるものでいろいろに工夫するのが楽しいです。リボンのかわりに毛糸や紙紐もかわいい。貝殻や生の小枝やハーブを添えるのも、楽しいし。。

Dscf0001余り布(古着を切った布とか)と、手彫りの消しゴムスタンプと両面テープで、布シールをつくるのも一興。お手紙の蝋のスタンプみたいな感じに使ったりして。

Dscf0004

このファブリックシールは2008年につくったもので、おぼろげすぎる記憶だけど、スタンプ柄のモチーフに、カール・ブロスフェルトという、19世紀生まれの植物学者&写真家の写真集「Art Forms in Nature」(初版は1929年)に入っている1枚を使いました。今も好きな写真。Photo

この写真集は全部モノクロの、植物の接写写真ばかりで、とてもすばらしいです。

でも、そんなに手間をかけなくても、手頃な既製品の不織布袋と植物を組み合わせても楽しい感じになりますね!

Img_5732

こんなふうにしたこともありました。

***

ささやかでもなんとか贈り物ができること自体に、感謝しつつ。。。さまざまな事情で大変な状況にある方々に、少しでもたくさん、やすらぎと楽しさがもたらされますよう。。。

| | コメント (0)

2018.10.13

(太陰太陽暦で)自作手帳、はじめました

Img_6047「霧雨」と言う名前の、渋い色味のインクに出会ってしまって、突然万年筆生活に戻り。。。そして、この秋から自作手帳生活を始めました。Bullet Journalという手帳術を知って、なんかこれ自由度が高そうで自分にあってそうだーと思ったのがきっかけ。

で、自作手帳、どうやってつくるのー?と大好きな友から聞かれたので、自分の場合を書いてみます。

まずはリサーチを少ししました。「Bullet Journal」でネット検索をかけて。

まず見たのがこれ:https://www.youtube.com/watch?v=fm15cmYU0IM

とここ:http://bujo-seikatsu.com/2017/07/28/getting-started/

インスタで#bujoで検索かけると、カラフルな楽しそうな自作手帳の画像などもざくざく出てきてなんだか気分が上がりました。

でもいざ、始めよう、となると、はて?となったのも事実で…。

まずはここを参考にミニマルに(装飾過多にならずに)始めてみることにしました。

Img_6066_4 ①ノートをゲット。

方眼がよいらしいので、書き心地のよさで評判のMDノートの方眼版を買ってきました(CDノートと迷った…)。

手帳はこれまでもずっと文庫サイズで統一してきたので、今回もサイズはA6(文庫サイズ)にした。

②ノートの最初の4ページを「もくじ」ページに当てた。

最初のページにとりあえず「もくじ」と見出しを書きました。

4ページまで、ページの下端にページ数を書き込んだ。

Img_6105 ③太陰太陽暦手帳にするため、太陰太陽暦←→グレゴリオ暦の対照表ページを作成(グレゴリオ暦でつくる人には不要なページ)。

秋から始めるので、来年の夏の終わりまでを書きました。

ついでにカラーマステで季節感を色づけ(このページを後で見つけやすくするため)。

ページにページ数を振り、「もくじ」ページに「05 暦対照表」と書いた。

Img_6097 ④その次のページから、見開きで向こう1年の予定ページを作成。

ここはグレゴリオ暦でやることにしました。

見開き(2ページ分)に3カ月(1季節)ずつ=8ページ分。

1月ずつ、カレンダーを貼暦のマステで作成。

日にちの決まっている予定だけ、エンピツで各月のとこに記入。

ページを振って、「もくじ」ページに「1年のLOG 秋、冬、春、夏」と書き込んだ。

⑤このあとの手帳の構成を考えた。。。

ここからは(太陰太陽暦の)1カ月ごとに、手帳を作りながら書くわけなので、大まかな構成を決めてみた(もちろん、翌月から違う構成にしたっていいわけだけど)。

Img_6098_3

まず:

・最初にその月のトビラのページ(タイトルページ):1ページ分

・向こう1カ月の展望のマインドマップページ:1ページ分(これまでも毎月無地のノートに描いてたので、無地の紙に描いて貼って折り込むことにした)。

・マンスリー予定ページ(太陰太陽暦のマンスリー):見開き

・ウィークリーの予定ページ(太陰太陽暦の場合は、1月を4分割したクウォーターで、7日~8日分になる):見開き

・日記:すきなだけ何ページでも

この順番で構成することに決めて、トビラページと展望マインドマップページを作成。

ページ番号を振って、「もくじ」に記入。

Img_6099 ⑥マンスリー予定ページを見開きで作成。

ここは太陰太陽暦なので、「長月」の新月の日(=西暦の10月9日)から始まるマンスリーを、縦組の貼暦マステで作成。

日程が決まっていることは書き込み、日程が決まってないけど今月中くらいにやりたいことを残りのスペースに描き込んだ(箇条書きでもいいけど、なんとなくここはマインドマップ式で)。

Img_6100 ⑦ウィークリー(クウォータリー)ページを見開きで作成。

最初のクウォーターは「新月~上弦」というタイトルに。

見開き2ページを8等分(どう8等分しようかタテかヨコかとか悩む…が次のクウォーターで別のレイアウトを試してみて、すきなほうを選べばよいのだから、ととりあえずヨコで)。

天気予報を「晴れ」「雨」「曇り」のフリクションスタンプで押してみた(洗濯や水やりの予定に便利かなと)。

さて、ここで、箇条書きをするときのbullet(先頭記号)を考えた。

自分にとってわかりやすければよいので、こんなふうに決めた。

・  やること

〇  完了

・> 先送り(今のクウォーター)

<・ 先送り(今のクウォーター以降)

□  イベント(日付のきまっている約束ごと)

*  メモ

×  キャンセル

!  いそぎ/だいじ

♡  やれたらいいな

そしてこれを使って向こう1週間(1クウォーター)の今わかってる案件を書き入れてみた。

最初の日はこんな↓

-------------------
10/9

* 10amから相方はレッスンあり

□14pmズームで打ち合わせ

・翻訳仕事 Web#32分

・¥おろす

・トイレットペーパー買う

・おはようライナーのチケット買う

・おふろの排水溝掃除

・Yさんにメール返事

・電気代支払い

・シーツ洗濯
-------------------

で、1日の終わりにそれぞれの案件の状態を見て、やり残したものは先送りするか(先送りするのなら今週かもっと先か)、キャンセルするかなどを決めた。

で、こうなった↓

-------------------
* 10amから相方はレッスンあり

□14pmズームで打ち合わせ

・>翻訳仕事 Web#32分

・>¥おろす

〇トイレットペーパー買う

〇おはようライナーのチケット買う

〇おふろの排水溝掃除

・>Yさんにメール返事

〇電気代支払い

〇シーツ洗濯
-------------------

「今週(今クウォーター)中に先送り」のマーク(>)をつけた案件は、次にやれそうなのはいつかを考えて、今週の別の日に書き入れた。

(ちなみに、「今週以降に先送り」マーク(<)をつけた場合は、その案件を「マンスリー」ページか「向こう1年の予定」ページに書き写します。それが「やりそびれ」防止につながる!)

Img_6101_2 ⑧1日目の終わりに日記。

見開きのウィークリー(クウォーター)ページの次ページから、その週の日記をだーと書き始めた。

日記の終わりには〇を3つ。その日のうれしかったことを3個挙げてみるスタイルにしてみた(これも暫定的)。

Img_6082_2 ⑨鉛筆書きで数日運営してみて、この箇条書きのシンボルでOKそうとわかったので、ペンで清書。

「もくじ」の前のページに「KEYS」ページをつくって、シンボルの早見表を書いた。

Img_6102 ⑩「なんでもメモ」ページを作成。

Sugruという面白い瞬間接着剤で直したいと思ってたものを書いたメモが出てきたので、忘れないようにこのメモのページを作ってみた。

ページタイトルは「Sugruで直したいもの」。

ページ番号を振って、「もくじ」に書き込んだ。

Img_6103 ⑪仕事で関わったワークショップのメモを、見開きページに描いてみた。

ページタイトルは「Billのワークショップのメモ」。

ページ番号を振って、「もくじ」に書き込んだ。

⑫その次のページからはまた今週の日記ページの続き。

↑イマココ。

このあとは、最初の週(クウォーター)の最後の日に、その日の日記を書いて、その次ページから、次の週(クウォーター)の見開き予定ページを作って、予定表→日記(ときどきなんでもメモ)の繰り返し。

そして次の新月の日が近づいたら、次の月のマンスリー見開きページを作って、前の月のやりのこしを書き写し、そのあとに週(クウォーター)予定→日記etcと続くのだと思われます。

ページが使われていくごとに、ページ番号が振られ、「もくじ」ページの記載が増えていく、ということになるんだろうと思っているところ。

また続けてみて、気づいたことあれば、追記しますー。

| | コメント (0)

2018.10.04

”生活に必要な手仕事”をめぐって――「南の島の家づくり展」で思ったこと

こないだ電車の中で、編みかけの靴下を鞄から出したら、お隣に座っていた高齢の女性が「靴下?」と話しかけてきてくださって、「私も昔はなんでも編んだんです、子どもの靴下もセーターも。今みたいになんでもあるっていうんじゃなかったから、北海道だったから暖かいものが必要だったしで」と。「でも編みだすと楽しくなって、やめられなくなっちゃうのよね」とにっこりしておっしゃった。


やらなくちゃいけないことだったからという”つらい話”ではなくて、やらなくちゃいけないことだったけど楽しかった、というお話。で、そのうち、編み方はこうやる?それともこう?とか、編み物やる者同士でないと通じない質問をしてきてくださったりして、ちょっと楽しかった。


で、靴下の編み方は、はき口から編む派とか、つま先から編む派とか、いろいろなんだけれどもなんと、彼女は輪編みでなくて、足の裏側と甲側を別々に編んで、はぐ!とのことでびっくりした。お母さまから教わったのがこのやり方で、毛100%の糸は足の裏に穴があきやすいでしょう、だからほどいて底の部分だけ編みなおせるようにしていたのかもって今になって思うのよ、とのこと。このやり方しか私はできないのよ、と。


「生活の必要に迫られてやったことだったけど、楽しいことだった」というのと、「母に教わったやり方を自分もやってきた」というのと、今まで私がやってきたのとまた全然違うやり方があるって聞けて、うれしかったーと思いつつ、竹中大工道具館企画の「南の島の家づくり展」へ行きました。


Img_6007 で、ギャラリートーク「自然とともに生きる―バリの自然食文化」というのをまず聞いたのだけど、トークの内容は予想に反し、バリ島北部の小さな村へ移住して建築設計事務所を主宰しているグデ・クリシュナさんと、パートナーで伝統食の研究・教育活動などをされているアユさんが、「食=暮らしの根っこ&文明の行方を左右するもの」としてライフスタイルの在り方に抜本的なアプローチをかけておられるお話でした。


おふたりはインドネシアの自然に根差した昔ながらのライフスタイルを広範に調査していて、グデさんは『台所からの革命』というタイトルの本を書かれていて、さまざまな現代の問題への解決策として、まず台所から暮らしを見直していこう、と提案されています。みんなができることとして、インドネシアに特化した具体的アイデアをイラスト付きで伝える本。


本はシンプルでわかりやすい、イラスト中心の本だけど、台所の哲学的位置づけから始まっていて。台所は古来、インドネシアでは家を建てるとき最初につくる場所だそうで、心身両面にとって重要な、聖なる場所なんだそうです。


台所から始めて、

巨大産業に頼る→地元の農家を支援する

依存→自立

消費的→生産的(食材・生活道具を地場産の素材で自作)

輸入品→地場産品、自分でも育てる

生態系の破壊→環境にやさしく

貪欲→足るを知る

病気→すこやかさ

こういう方向へ動いていくために、「ミネラルウォーターの代わりにココナッツ水を」「ビニール袋の代わりにチークの葉を」「インスタントヌードルの代わりにキャッサバを」「合成洗剤の代わりに灰やソープナッツを」「プラスチックストローのかわりに竹のストローを」など、具体的な置き換え例が書かれています。Img_5962


グデさん自身が、土でできた炉で、薪で料理をして、そこで出る灰を土にまいて畑をして、灰で洗い物をして、水は汲んできたのを素焼きの水瓶で自分でろ過して、という暮らしを実践されているのでした。そして、自分がしていることは小さな簡単なこと、私たちはただ私たちがしていることを皆さんに見てもらっています、とおっしゃっていて、本の末尾にも「小さな簡単なことを、私たち自身のために」とありました。


Img_5995Img_5997_2 Img_5991 グデさんの所持品である、地域の自然素材でつくったさまざまな生活道具は今回の展覧会でも実物が展示されていて、どれも美しくて圧倒された。ヤシの葉のスプーンとか、MoMAとかにあってもいいようなすてきなデザイン。(写真2枚目はご飯やおかずを入れておくヤシの葉で編んだ籠。3枚目は炊飯デバイスで、これを水を沸かしたうえに置いて炊くため円錐形をしてる)。


***


「南の島の家づくり展」の建築のほうの展示も、現地で撮影してきた映像資料と、実物の素材や道具の展示と、自分で屋根をふいてみたりできるインタラクティブ展示もあって。屋根ふきのアイデアの数々は、目から鱗でした(後ほど詳しく書きたいので、ここでははしょります)。Img_5994_2


インドネシアのスンバ島の家づくりのドキュメントが見れたのだけど、森で木を斧で伐採して荒くはつり、ツルでゆわいて10人くらいで引っ張って山から運びだして、部材を成形(使う道具は斧と山刀だけ、計測ツールは植物で編んだ紐だけ)、クギ1本使わず組みあがるように細工して、仮組みしてから、現場へ運んで、組み上げて、チガヤで屋根をふく、そこまでを村のみんなでやるのです。村には大工さんという専門職はいなくて、昔ながらのやり方をよく覚えている人がリーダーシップを発揮するんだけど、この人は棟梁ではないし、特別な位でもないわけです。


Img_6026_2 そうやってできあがる建物は、屋根が高いところから地上近くまで降りている中に、高床構造の建物がすっぽり入っていて、内部は2階(というか3階か!)建てになっている独特な様式。


道具は、斧、山刀、木槌、ツルの紐だけ。材料は地元の森からのもの。で、ものすごい造形の建物を建ててしまう。これを建て替えるときには、山刀をそれぞれにもった男衆たちが2時間たらずでばらしちゃう。


ほんとに見事です。


(スンバ島の家づくりの詳細は佐藤先生のウェブサイトへ。ものすごい情報量で、写真・動画も豊富です!)

この、1人1本は持っているという山刀(ハチェット、ナタの立派なの)をつくっている映像資料も見たのだけど、鉄くずを焚火につっこんで熱して、鉄切り用の斧で形を切り出して、トウモロコシの芯を燃やした火につっこんで鍛冶仕事をしてました。


焼き入れは、竹筒に水を入れたものを炉の横にスタンバイしておいて、ジュッと。


刃を柄にすげるときは、森の木から樹脂をとってきて、細かく砕き、柄の穴に入れておいて、少し熱した中子を差し込んで、溶かしてから冷やし固めて。


砥ぐときはは石を使ってたけど「とくべつな石ではなく、そこらへんにあった石で平らっぽいものを使っています」とのことだった。仕上げ砥ぎにはヤシ繊維を使ってた。。


そうやってすばらしい山刀を完成させていて、すごいなーと思いました。刃の切れ味は、腕の産毛を剃って確認していた。この確認方法は万国共通なのだなあ。


で、トークと展示がよすぎて、その後の夜のシンポジウムにも、飛びこみで参加させていただいたのだけど、このスンバ島の家づくりだけでなく、インドネシアの離島を始め、オーストロネシアの島々でフィールドワークをして建築を研究しまくっておられる佐藤浩司さんのお話がやばかった。


紹介していただいた島々の家は、全部自然素材だけで、素朴な道具でつくっているわけだけど、どれも佐藤さんいうところの「住宅に対する常識をいともたやすく覆してしまう突拍子もない形態の数々」で。しかもそれが「飛び抜けた想像力をもったひとりの建築家の作品ではなくて、みなが共有している社会のデザイン」である、と。


そしてスンバ島の家の内部の一段高いところには、そこに住む人が入ってはいけない部屋が設けられていて、そこは祖霊の間なのでした。見上げてもいけないらしかった。佐藤さんいわく、この並々ならぬ造形の家は、そもそも人間の持ち物ではなくて、人間はそこに間借りしているというふうに理解するのがふさわしいのではないか、とおっしゃってました。


Img_6003_2 Img_6002 Img_6005 質疑応答のときに、ある人が「この社会では”成熟”という概念はどうなっていますか?建築の技術自体は粗削りというか、完成度が低いわけだけれど」というような質問をされて、佐藤さんはそれに対して「日本のように建築が造形的に形がきまってしまっていると、中にむかって細部の洗練を極めるしかなくなるけれど、それとは逆に、建築自体の造形が外に向かっているから。それ自体が成熟だと私は思う」とおっしゃってたのが印象に残りました。


Img_5999 Img_6001 型を決めて、その中で洗練を目指していく動きもひとつの成熟だけど、与えられた材料や土地などに臨機応変に対応しながらダイナミックに造形を展開させていく動きもまた成熟である、というのが、なんかぐっときた。


専門の職能として大工がいなくて誰もが大工仕事をするとか、デザイナーが個人でなく共同体であるとか、家はそこに住む人のものではなくてもっと大いなる流れの中にある場であるとか、この南太平洋を船で行き来してきた水の人々の文明がちらちら見えるような気がした(水の人々の文明については、わたしの印象でしかないので、根拠ないところですが💦)。


ご本人たちは生活の必要に迫られてやっているはずだけど、でも手を動かすことはやっぱり「やりだすと楽しい」って(電車で会った編み物のおばあさまみたく)あるのかなあ、と思ったり。


帰宅してから検索して出てきた、現地でスンバ島の家づくりを見てきた方の感想が大変興味深かったのでした。家をつくるという、集団でやる活動なのに、統制・統率という概念がなさそうなこと、「いいかげん力」がはんぱないらしいこと……!


生産者と消費者が同一っていうのは、今自分が傾倒してるグリーンウッドワークの、スウェーデンの木工の伝統(Slöyd)でもおんなじで。。そもそも生産者と消費者というふうに分けられはじめる前の時間は、今わたしに想像できる以上の、独特なクオリティがあったんじゃないか、となんとなく思っているところ。


「南の島の家づくり展」はこの後、神戸の竹中大工道具館へ行きますー。10月から12月始めまで。

| | コメント (0)

2018.08.19

めぐりの効用?

昨夜、相方がおなかがいたいというので、ひさーしぶりに愉気をしました。自分の背骨に気をとおしながら手を当てていただけなのだけど、自分の中にもいろんなことが起きて、終わったあと目をあけると、自分の目がすごくラクになっていた! 最近目が常時疲れてかすむような感じがあったので、びっくりしました。

相手に差し出したつもりが、お互いにいいことが起きるのだなあ、愉気は、と改めて実感しました。

気というのは、そういうものなのですね。。世の中の多くのものも、じつはそういうものなのかも?

***

お金というのも、気と似たようなものにも思えるけれど、どうなんでしょう?

まだそこらへんの悟りが開くような境地には至ってない自分だけれど。とりあえず、お金の持ち運びと出し入れが、今までよりもハッピーになって、もうすぐ3カ月くらいになります。

お財布を、新しくしたのです。

Img_4554 今年5月に、名刺サイズのちいさなお財布を買いました。こんな小さいのでまかなえるのか?とドキドキしつつ、前のお財布から引っ越しをして、6月1日に、はじめて一緒に外出しました(地元商店街へ買い物へ)。

コイン入れが小さすぎて使いずらいーとか、紙幣の出し入れがむずかしーとかいうふうになるかな?と思ったけれど、逆でした。コイン入れ、むしろ小さいほうが使いやすい。。。自分は手が小さいほうなので、狭いところから取り出すのが苦にならないっていうのもあるかもなのだけど。この小さいお財布は、小さい手の人用にわざわざ開発してくれたんじゃ?とさえ思えた。。

何より、ポッケに入れてもストレスのないサイズのお財布ってよいです。荷物が軽く小さくなると、自由度がぐんと上がる、というのは旅のときにも実感してきたけど、日常も、もっと自由になっていいんだなー。。なんでもかでもお財布に入れがちだった自分のため込み体質(?)も、ちょっと変わっていきそうな。。そんな予感を持ちました。

で、現在も依然として、快適です。おつりなどでコインがたまったとき、ときどきあふれるのでは、と心配だったけど、今まで一度もそんなことになってません。クレジットカードや電子マネーは普段使いしないタイプで、普通に現金で生活してるのだけど、不自由ないです。

Img_4556 小銭入れの部分は、お財布をとじれば自動的に密閉される仕組み。これが、特に気に入ってます。開ければ小銭入れが自動的に開くので、ワンアクションで小銭が出せる。

カードが数枚しか入らないから、ショップカードなどはよく使うものだけ厳選して、ほかは別の入れ物に入れて、必要なときだけ持って出ています。現在はこの小さいお財布には、Suicaとクレジットカード、保険証、緊急時連絡先カード、銀行のキャッシュカード、あとショップカード3枚。メーカーさんの想定よりも、たくさん入っています。不自由ないです。

私のお財布はストラッチョというお財布の柔らかい革のバージョンなので、伸びがいいからこんなに入るのかも?だけど。。

Img_4557 札入れ部分も大きく開くので、お札を見やすいし、出し入れしやすいです。下のほうにお守りも入れてるので、ときどきお札を入れるときに、お守りにお札がつっかかるけれど。お守りは入れときたいので、それくらい別にいいのです。

とにかく今も小ささ・軽さはピカイチ。とても気に入っています。

今までと変わったのは、レシートを早め早めに自宅の「レシート箱」に移すようになったこと。レシート箱は帳簿に付けるまでの一時置き場です。まめにそこに入れて、前よりはまめに整理するようになりました。お財布の中にレシートを貯めることがなくなりました。

あと、今までは旅に出るときは、別の軽いお財布に、旅先で必要なカード類と現金だけを入れ替えてたのだけど、このお財布になってからは、入れ替え不要になって、このまま出かけられるようになりました。

Img_4560 お財布デザイナーさんの、薄く小さくしつつも使い勝手を考えたデザインの工夫、しびれますー。尊敬する。

買うときは、これは本当に必要な投資だろうかーなど、いろいろ考えてしまったけれど(今までのお財布はくたびれてはいたけどまだ使えるレベルではあったし、母が仲良くしていた人が、わたしに、とくださったもので思い入れもあったので)、でもこれだけ機嫌よく使えるようになると、思い切って変えてよかったかな、と思えています。

小さい生活改革から、じわじわ変化していくものがあるのかもしれない気もしています。

* * *

小さい生活改革、もひとつあった。。

腕時計は元から好きじゃなかったので、ほとんどしたことがなかったのだけども、仕事上の必要に迫られて、少し前から、必要なときだけするようになっていました。で、安物だけど気に入った時計を買って使っていたら、バンドが、肝心の仕事の最中に、切れた。。。

Img_4817 で、その仕事は、キャンプ場に滞在しながらの仕事だったので、空き時間に手持ちのガイロープで、急ごしらえでバンドをつくりました。トートラインヒッチで結んで。

そしたらこれが、ふつうの時計バンドよりも気に入ってしまった。

Img_4816 腕にはりつく面積がより小さくなって爽快で、つけてるのを忘れるくらいラクだし、着脱も前より面倒でなくなりました。

そのまま今も快適に使っていて、仕事以外のときにもそんなに嫌じゃなく腕時計ができるようになりました。そしたら、腕時計って便利なんだな、と再認識したりもしています。電車に乗るときとかは、とくに。

前はいちいちケータイを鞄から出して時間を確認していたので。。。

小さなことだけど、なんだか流れがスムーズになったというか、ストレスフリー度が上がっています。

そんなわけで、お金と、時間との、おつきあいが、ちょびっとだけ、変わってきている感触があります。

***

これは、この話と関係があるのかわからないけれど、何かに取り組むとき、以前は先を見据えて、「まだあとこんなにやらなくちゃいけないことがある」と果てしなさをよく感じていて、それをストレスにも感じていたのが、このところ(数カ月前くらいから?)それが全然苦にならなくなっています。

仕事をしていても、今までは「まだ5分の2しか終わってない、まだまだだー」とかよく思ってへこたれそうになったのが、この頃はごく淡々と、今やっているところをやる、というふう。そうやってやっていればいつか終わるのでした。「まだまだだー」といって自分に負荷をかける、というのが、なくなっているので、わりとすんなりと最後までできてしまうというか。

Img_5486 今朝も、たくさんセンダンの枝を落としたのだけど、センダンは枝を落とした後、葉っぱのあとかたづけが大仕事。おとなりのおばさまが、わたしがあたかたづけ作業をひとりでやってるのをながめて「ふう」とわたしのためにため息をついてくれたりもしました。「この枝を切った後のかたづけがたいへんなのよねえ」と、同じセンダンの木がお庭にあるおばさまは実感を込めておっしゃってた。。

で、わたしも以前は、かなり「ふう」と思いながらやっていたっけ、と思い出しました。今日はでもやっぱり、淡々とやっていて。カラッとした風がときおりスカートの中を吹きすぎていったり、日差しも透き通っていたり、なんだか気持ちいいな、と思いながらやっていました。

努力して、そのようにしよう、としてきたわけでないのに、いつのまにか起きていた変化です。不思議。人に愉気したら自分の目がラクになった、というのと同じくらい、不思議です。

星めぐりのせいかなーと思ったり。一緒にいる人や場のおかげさまもありそうです。小さな生活改革のおかげもあるのかもだけど。。?

自分のこころがけ、としては、唯一、なにか行動を選択するとき、自分の中に気持ちよさが残るような選択をするように(言い換えると、「うしろめたさ」が残るような選択はしないように)すること。あとは全般に、やさしさを、ということ。でもこれらも、ちょいちょい自分を裏切ってしまっていて、絶対的に守れているわけでもないです。

やっぱり、なにかいい変化が自分の身の上に起きているのだとしたら、それは星も人も物も場も含めたまわりのおかげさまなんだろうな。ありがたいです。。!

| | コメント (0)

2018.01.27

土星先生

このあいだはくらい文章を書いたなーと我ながら思っていたのだけど、そのあと友達の(た)さんに会って、今の自分の状態がほぼ「土星先生」のおかげだったもようーとわかって、すとんとラクになりました。またしても、われら星の子って実感しました。

今の土星の度数から言って、わたしは「土星先生」に「ちょっとここへいらっしゃい」と言われて、正座してる感じなのだそう。

でも土星先生、なんだか好きになってきました。おかげさまで年明けから食生活の乱れがすっかり収まっているし、はしゃいだり興奮したりは減ったけどすごく平穏です。平穏すぎて、まだそれになじめてなくて不安が出たけど。しばらくは平穏を受け取って、日々地に足をつけて歩むことになじむ時期としてみます。

ものごとに地道に取り組むことはできている感じで、少し前には、パソコンのお引越し後に、古いプリンターが使えなくなった事件が起きたけど、無事解決できました。

ことのしだいは。。パソコンがwindows10に変わったら、今まで使ってたプリンタ(EPSON PM-A850)が古すぎて、Win10用のプリンタドライバがもうメーカーサイト上に存在していなかった。。。

もう製造停止になっているプリンタなので、致し方ないことだけど、でもまだ(一応)使えるし、あきらめきれずネットで少しリサーチ。「あきらめて新しいプリンターを買いましょう」というコメントが大半で、一度はあきらめかけました。

が、別の日にまたネットサーチをしたら、あたらしくメモ書きのような記事がみつかって、そこにあったヒントをもとにやってみたら、ドライバが無事インストールできて、プリンタも使えました!

Win10よりも前のバージョン(Windows7)のドライバをダウンロードして、そのexeファイルを実行する前に、ファイルのプロパティを表示→互換性タブを開き→「互換モード」のところの「互換モードでこのプログラムを実行する」をオンにして、「Windows7」を選び→「適用」クリックしてから、ファイルを実行すると、うまくいきました!

ニッチなネタすぎるとは思ったけれど、同じように悩んでる人がもしいたら。。あきらめることはないですよー!とお伝えしたいです。

で、今日は、同じ方法で、Speed Stick U01(データ通信端末)のドライバをWin10用になんとかインストール完了! よかった。。。 取説には対応OSはWin8までとあって、KDDIのサイトを見たら、このデータ通信端末はWindows10のFall Creators Updateでは作動しないことを確認しました、というお知らせがあって、絶望的な気持ちになったけど、とりあえず、Fall Creators Updateのバージョン番号を調べて(1709でした)、自分のPCのWindowsのバージョン番号を調べて(左下窓マーク→「ファイル名を指定して実行」→"winver"と入力すると出てくる)、知らぬ間にFall Creators Updateになっちゃってたのを前のWin10に戻すところから始めました。アップデート後10日以上たっていると戻せない、という記載があったので焦ったけど、大事なファイルのバックアップを取ってから、ここにあったやり方のとおりにやったら、すんなり戻せました。

で、バージョンが戻ったところで、Speed Stickを刺してみたけど、普通にAutoRunファイルが実行されず。。。一度は困り果てたけど、あれこれいじったあげくに、ファイルのエクスプローラー画面からデバイスのアイコンをクリックして中身を開いて、AutoRun.exeファイルを発見。右クリックしてプロパティ画面の「互換性」タブから設定を変えて実行してみたら、なんとか無事に行きましたー。

途中でエラー出て有無をいわさず再起動になるし、どうなることかと思った。。今回はなかなか綱渡りでした。。。再起動した後に、もいちど端末を刺したら、うまくいったのでした。

最初、電話で端末メーカーにお問い合わせしたら、通信会社へ聞いて、と言われて、通信会社へお問い合わせしたら、もひとつの取り扱い店にきいて、とたらいまわしで。。ネットで調べてもおんなじ状況の方がいなくて、自力でやってみるしかなくて。。とほほでした。(auさんの対応が特に残念でした、Hwaweiさんはすごく感じよかった!同じたらいまわしでもニュアンスが違って……)。

しかし最初から自力でやったほうが早かった。。。

なんにせよ、古いものが好きだとこういうとき根気が試されますね。土星先生が目の前にいなかったら、匙を投げてたかも。。

新しい葡萄酒は新しい皮袋に、ということなのかなーとも思うけども、古い葡萄酒を新しい皮袋に入れつづけておる。土星先生も古いものがお好きでよかったな。

| | コメント (0)

2018.01.11

節目の季節

Img_3302遅ればせながら、2018年新暦新年あけましておめでとうございます :) 

写真は昨日、川べりで水玉もようを形成していたユリカモメのみなさん。猛烈に風に吹かれていた。。わたしも猛烈に風に吹かれながら自転車こいでたところだったので、なんか連帯感もちました。

PCを新しいのにお引越しをして、しばし今までやっていたとおりにはいろんなことができなかったりで、ブログを書くまでになかなか至らなかったけれど、元気でした。

先月は通訳仕事と翻訳仕事しつつスプーン削ったり、バスケット完成させたり、家の外壁塗りしたり、庭木の剪定したり、網戸の張り直したり、常緑リースつくったり、と駆け抜けました。。なんかいつもよりハイパーな12月でした、どうしたことだったろう。。。

Img_3031_2 Img_3054_2 Img_3152_2

Img_3033_2 Img_3155_2 Img_3158_2
年末は父の山間の家へおせちづくりを手伝いにいって(八つ頭の面取りしてたら木削りモードに入っちゃったり……)、父手打ちの年越しそばをいただきながら、きょうだいや姪っ子甥っ子たちとツッコミを入れつつ紅白を見て。元旦は相方のお母さんのおうちでスクラブルをしたり、天皇杯を見たりして過ごして。

Img_3224_6Img_3236_4Img_3241_3

珍しく1月2日夜には我が家にいったん戻りました(ここ何年も、三が日に自分の家に帰ってきてなかったのでした)。

今年は新年早々、流れにまかせて予定外の展開に身をゆだねてみたら、ちょこちょこ意外な発見がありました。

まず初売りセール初体験@神保町のスポーツ用品店では、相方が買ったズボンのすそ上げをしてもらっているあいだに、近場でさくっとおゆうはんを食べようと、入ってみた小さな中華料理屋さんで、何気なく飾ってあった色紙たちをよく見てみたら、丸木位里さん俊さん(丸木美術館の原爆の図を描いた画家の)、吉永小百合さん、菅元首相、村山元首相、青島元都知事などなどのサインだったことがわかってびっくり。

Img_3250

丸木さんの色紙には「ひろしまの子は鳩になった」とあって、鳩の絵が描かれていました。お店のスタッフは全員中華系の方なのだけど、色紙はどれもだいぶん古そうで、いろいろ不思議でした。もちろんお料理も良心的なお値段でおいしくて、よいお店でした。神保町の北京亭というお店。

もひとつ、3が日の間に映画を見に行く、というのも相方に誘われるままに、初体験。3日に伊勢佐木町にある小さいインディペンデント映画館、ジャック&ベティへ行きました。館内フロアところせましと、次の上映開始を待つ人があふれていて、またびっくり。お正月に映画を見に来る人ってこんなにいるんだーと知りました。大好きなカウリスマキ監督の新作「希望のかなた」を見たのだけど、この映画、見れてよかった。今、この時勢に。。

カウリスマキ監督の”難民三部作”の1つで、主演はシリア出身・フィンランド在住のシェルワン・ハジさん、カウリスマキ作品初登場の俳優さんです。インタビューみつけました。カウリスマキ監督の撮影へのアプローチが垣間見えて興味深い。。

お正月のあいだに母のお墓参りと、相方のお父さんのお墓参りに行けて、相方のお父さんのお墓は富士霊園にあるので、旅行がてら、相方のお母さんと弟くんとみんなで行って、帰り道に箱根の温泉旅館に1泊してきました。相方の家族との旅行も初体験で(相方はわたしの家族とはなんども旅行に行ってるのだけど)、神奈川県民共済の組合員だけが利用できる宿へ行ったのだけど、リニューアルしてとってもすてきになっていて、お食事もすごかった!ふぐ鍋、初めて食べました。

相方の一家は、お父さんがもともと歩くのが大好きな人だったのもあって、みんなそろって山歩きやハイキングが大好き。で、1泊した翌朝、弟くんが、山登りしようと言い出して。宿の近くからトレイルに入って、みんなで小高い山を登りました。時折マイクロサイズの雹がちらついたりもして、木々のはっぱにしゃらしゃらと音を立ててたのが愉快でした。温泉の滝にも出くわした!

Dsc_2092

新年早々山歩きができるなんて思ってなかったので、予想外の展開に心躍りました。ただ77歳のお母さんにとってこの寒さと山歩き、大丈夫なのかな?と思った。。けど、ご本人はとても元気に歩かれて、最後トレイルが終わるころにも「歩けてよかったわあ、ハイキング大好き、またみんなで行きましょう」と :) これもかなりびっくりした。すごくうれしかったです。

帰りは箱根登山鉄道で下山。鉄道の「スイッチバック」を初体験して、これもとっても愉快でした。

* * *

Img_3292 いつもみなさまにいろいろに助けていただいていて、ありがたいなあ、と思うお正月でした。

自分でできることはなるべく自分の手でしていくように、そこはかわらずにやっていきたいと今年も思うのですが、いろいろにヘルプをいただいたりヘルプしたりできることのすてきさを今年はとくに味わいつつ過ごせたらと思っています。

旧暦では今は師走、じゃないまだ霜月だ!ということは、これから一か月あまり、もう一段、心身まわりを新しく整えるチャンスでもあり。。節目の季節、もう少し楽しんでいきたいです。

| | コメント (0)

2017.08.20

同居生活

Img_1856 残暑お見舞い、の季節ですね。関東は妙に涼しい晩夏になっていて、雨もどしゃどしゃ降って、昨夜は一瞬、窓にぶつかってくる雨音に身の危険を感じるくらいでした。

どうもあまりさわやかな感じじゃないので(仕事が難航してるせいもあるけれど)、最近は朝一番にトリコロール、聞いています。

お気に入りのアルバム、「Good Morning, Liffey」です。

その中から1曲、動画があったので貼ってみる。


トリコロールの去年出たアルバム「うたう日々」もよくて。。そこからも1本だけ。こちらはザ・なつやすみバンドの中川さんをボーカルに迎えた1曲です。

* * *

さて、本題。1週間くらい前からだと思うのだけど、1匹の蚊と同居しています。

家の中に蚊が入ってきちゃうと、たいてい透明カップとはがきですみやかに捕獲するのだけど、この蚊は、なかなか隠れ上手で。しかもストイックに1日か2日に1度しかごはんを食べに(刺しに)こなくて、大方の時間はどこかで隠れてのんびり(?)しています。。

というわけで、その1度のごはんどきに刺すときは、刺されてる最中にこちらも「かゆい!と」わかるくらいなので、見ると、居る。んだけど、そこでもたもたしていると、ぱっと去っていって、すぐ物陰にドロンなのです。

こういう蚊、いままでにいなかった。。。珍しいタイプです。いままでの蚊は、1度刺すと、また少しして刺しに来たり、そこらへんをしばらく飛び回ったり、どうでもいいところにとまったりするので、そのうちに捕獲できるんだけれど、この蚊は1刺ししたら、もうきっぱりと隠れて24時間くらい出てこない。

まあ、そんなわけで、蚊が家の中にいる、となるといつもは捕獲できるまで落ち着かない気持ちになったりしたんだけれど、この蚊の場合は、1度刺されたら、(かゆいけど)、あとは24時間くらいは安泰なので、なんだか悪い気がせず。。部屋のどこかには居ることがわかっているから、今日も元気かな?とか思ったりして。。。

と、書いてたら、今ちょうど、腕にかゆみを感じて、見たら居りました。で、ちょうど透明カップがすぐ手元にあったので、捕獲に成功。

S__7323651 これはこれで、よかった。。数年前から蚊のアレルギーになって、1度刺されるとなかなか引かなくなってしまったので、刺されないほうがラクではあるのです。

* * *

そういえば、数日前から、100円玉くらいの大きさの蜘蛛も、うちのリビングで同居を始めています。

最初は相方のギターの譜面台と天井と壁を支点に巣を張っていました。きれいに編みあがった大きな巣の真中にドヤ顔で座っているのをみると忍びなくて、なるべく譜面台を動かさないようにして過ごしました。お客さんもしばらくないから、いいかな、と。

でもなにかのときに譜面台の上の空間に手か荷物だかをかすめちゃったらしく、気づいたら巣が壊れていました。。。あらら、と思っていたら、その夜一晩かけて、今度は玄関の吊り下げランプと壁を支点に新たな巣を編んだらしかった。

翌朝、相方が仕事にでかけるときに玄関先で「わ!」と言ったので、どうしたのかとおもったら、からだごとその巣の一部に突っ込んだらしかった。。。高さが若干低かったようです。

それでまた無残に巣は壊れ。。。その十数時間後、気づいたら、今度はうんと天井に近い高さで巣を張っていました。いつものように巣の真中にドヤ顔(?)で陣取っています。

S__7323650 この高さなら、だれもひっかけそうもない、よかったよかった、と思っているところです。

あとは、はたしてわが家のリビングでどれだけごはんにありつけるか、というのが気がかり。

去年かおととしだったか、やっぱり大きめの蜘蛛がリビングに越してきて、大きめの巣を張っていたことがあるんだけど、そのときはわたしは毎日その巣のななめ下で仕事をするかっこうになって、なのでよく見上げては、元気かなーとチェックしたものでした。結構長い間、同居していました。

で、ほとんどごはんを食べている様子がないな、というのは気になっていたのだけど、こういう蜘蛛というのは自分から出かけていてごはんをとりに行ったりしないのですね。日がな、巣の真中にじっと座っていました。

で、ある日、見上げたらいつものように巣の真中にいなかったので、お?とうとうどこかへごはんをとりに行ったかな、それともここに巣を張っててても虫がかからないことに気づいたのかな?と思ったら、なんと、巣の下ほうに、なきがらになって落ちていたのでした。

やっぱり食べないと、もたないよね。。やっぱり家の中に越してきちゃうと、ごはんにありつきにくくなるよね。。。。。

今年の蜘蛛は、そこらへん、どう判断するのかなあ。あまり長くそこに居続けるようだったら、対策を考えたほうがいいかな、と思っているところです。

| | コメント (6)

2017.08.03

それぞれの夏

Img_1828「猫の額庭」のヒメヒマワリの、今年の一番花だった花が咲き終わりました。写真の一番上の茶色く枯れたのがそれ。6月15日に咲いたから、1月半のあいだずっと咲いてたんだ。。猛暑の日も、豪雨の日も、しばらく雨のなかった日々も。なんて強いんだろう。

今は後から咲いてきた5番花以降の花たちが元気に咲いています。リレーのようにしてこうして秋まで咲かせ続けてくれる。

この夏は、「猫の額庭」に水やりを一切してなくて、雨だけでやっていってもらっているのだけど、それでも元気でこうして咲いて、花のたくましさって半端ないです。

冬にはいったん姿を消して、春になると毎年あたらしく地面から出てきて、夏に黄色い花をつける。枯れ姿もかっこいい。わたしがここに越してくるより前からここに生きてきた、先住植物です。

何年も前に、この花にすごくなぐさめてもらったときのことも、毎年思い出します。

+ + +

Kakigori_2 昨日は遠方のともだちが、ひさしぶりにはるばる会いにきてくれて、正当な夏休みみたいな午後を過ごしました。みんなで駅から海まで歩いて、波打ち際を楽しんで(貝の砂もぐりも眺めて)、帰り道に天然氷のかき氷屋さんでふわふわのかき氷を食べました。いちごソースがおいしかった。。。

5歳の(よ)くんも来てくれて、おみやげに(ヨ)さんが持参した紙相撲をかき氷屋さんのテーブルに広げて、みんなでトントンやった。曇天で夕方で入店待ちのお客さんが並んでなかったので、奇跡的にゆっくり遊んだりできました。楽しかったな。。

昨日は台風が遠くに来ているせいで、すでに波がいつもより高くなっていて、残念ながら海水浴は無理だったけど、(よ)くんは波打ち際ではしゃいで走りまわって、ゆうに50メートル分くらいは走ってた。。。小さな体から発せられるエネルギーははちきれんばかりで、見ているだけで爽快でした。にんげんにはこんなにすごいエネルギーがあるんだなあ、と実感した。これはほんとに、すごいことだよ、と思う。

海からかき氷やさんまで歩くあいだも、ただ「歩く」のでなくて、くるくる回りながら歩いたり、盆踊りみたいなのを踊りながら(しかも後ろ向きに)歩いたりする(よ)くんは、実にクリエイティブ。自分全部を注ぎ込んで楽しんでたように見えた。

この5年の年月、彼の育ちのプロセスの相棒となってきた(な)さんも、実にかっこいいなあと思いました。体力のいることだし、特に体調が変動しやすい人には(そうでなくても)大変なときがいっぱいあるだろし。。ほんとに尊いことです。

+ + +

Img_1834 さて、アリたちの夏休みも、すこやかに(?)続いているもよう。今日も3、4匹が窓辺の”別荘”に遊びに来ています。

以下、”別荘”の解説をすると。。。

うちの家は古い木造で、小さい生き物が出入りできるすきまはいっぱいあって、毎年初夏にはアリたちがいっぱいキッチンのはちみつの瓶とかに巡礼しだすのだけど、不思議と今年はキッチンに来なかった。

Img_1751 来ないなーと思ってたら、今年はリビングのほうに、巡礼の道ができあがっていました。窓辺に置いてある、少し前のクリスマスに相方にプレゼントした、白樺の樹皮でつくったおうち。そこの煙突に、いただきもののチュッパチャップスを立ててあったんだけど(煙突から出る煙っぽかったから)、このおうち(特にチュッパチャップス部分)が、今年のアリたちに好評のデスティネーションになりました。

しばらく前まで、富士登山の人たちみたいに、ぞろぞろ列をなして来ていた。窓の縁のところをずーっと行くので、人に踏まれたり家具につぶされたりする心配もないから、静観していたら、だんだんブームが静まっていって、訪問者数が減ってきて、最近は、たまーに、ぽつぽつと、1日に数匹くらい来ています。

そんなに混雑しなくなって、ほどよいお出かけ先になっているもよう。

生き物それぞれにとっての夏の日々。。。セミもようやく元気に鳴き出しているし、いつもこの季節に姿を見せるカナヘビの家族も、健在です。ありがたいことだと感じています。







保存

| | コメント (0)

2017.06.12

季節のこと

まだ調子が上下動していて、しんどさが続いていて、これは季節柄、仕方のないことなのかもしれないとも思いつつ。今日は、心がしんと静かです。凪みたいで、平和で、ありがたいです。

季節のことを書き残しておきたい気持ちがあります。自分にとって、季節がめぐることは、ひとつの大きな拠りどころ。自然の摂理を信頼できるときでもあるので。

Img_0970 このあいだ、ピンポンが鳴ってお隣さんが庭でなった青い梅の実を山盛りくださいました。5月は真夏のように暑い日もあったりして、季節感がよくわからなくなっていたけど、梅の実を見て、あ、今はまだこの季節、梅雨の前だよ、と実感しました。

Img_1009_2 いただいた梅は、さっそく黒糖で梅ジュースに仕込み。数日でどんどんエキスが出てきています。できあがったらお隣さんにあげる。たしか前回、庭の梅をいただいたときも、そうしたら、「これ、夏に飲むと元気が出るのよね」と喜んでくださったので、今年も喜んでもらえたら、と。

その数日後、夜遅くに帰宅したら、今度は玄関のドアノブに袋に入った梅が下げてありました。今度のはやや熟している黄色い梅の実。なんともいい香りでした。これは大家さんかな?と思って翌日外で会ったときに聞くと違うとのことで、誰がくださったんだろう?と思っていたら、これもこないだのお隣さんでした。Img_1006

お隣さんとの間に生えている庭木の剪定もなかなか手をつけられないでいる、ふつつかな隣人なのに、やさしくしてくださって、ほんとうにありがたいです。このあたりの人は、みなさん、マイルドでやさしい方が多くて、ほっとします。先日町内会の組長になって、初めて総会に出たときも、この土地のみなさんの人柄を垣間見た気がしました。

自分の精神がここ何年も安定していたのは、海の近くに越したおかげだ、とずっと思ってきたけれど、それは正確には、海がそばにあることと、それから海の近くで暮らす人たち(海によってほがらかにされている人たち?)に囲まれているおかげだったんだ、と最近思い至りました。

すでに熟しかかっていたこの梅は、明るい窓辺で3日ほど追熟させて、梅ジャムにしました。追熟させているあいだ、部屋中が梅のいい香りでした。別の部屋からこの部屋にもどるとき、とくに感じる香りの良さ。梅の香り、ほんとうに好きです。Img_1064

梅ジャムは、完熟の梅をたっぷりの水で茹でて、トロトロにつぶして、少し火を通すだけ。茹で汁もおいしいので、こちらは少し黒糖を入れて、ドリンクにしました。

* * *

ドリンクといえば、飲んで失神するのを何度か繰り返して以来、お酒は飲まないできたのだけれど、実はワインの中の酸化防止剤にアレルギーだったことが去年の夏はっきりして、それからはまた、ちょびっとずつお酒をたしなむようになりました。

陽が長くなってくると、ちょっとワインが飲みたくなってきました。酸化防止剤不使用のワインに、ハーブを仕込んで飲んでみています。

ロゼワインに、沖縄で買ってきたドライのローゼル(ハイビスカス)をひとつかみ。ロゼが赤ワインのような色に変わります。

Img_1044Img_1050 昨日は白ワインに、鉢植えで育っているローズマリーの小枝を25cm分くらい、漬けこんでみました。見た目がさわやかで愉しい。

ローズマリーワインは少しはちみつなどを混ぜて甘くすると自分向けになるかな、と思っています。

* * *

もひとつ、たぶん季節のこと。おととい浜へ行ったら、波打ち際に小粒の貝がいっぱいいました。みんな、波がわーときて、砂がさらわれて、体があらわになると、ぴょこんと向きを縦に変えて、急いで砂の中にもぐります。

ぴょこんと向きを変えるのを、みんなが一斉にやるのを見ているの、たのしいです。無性にたのしくなった。

Img_1039 Img_1036 写真にはうまく写らないですが。。。わずかにポツポツとなってるところ、みんな貝のもぐった跡です。

3年前にも6月に浜で貝の砂もぐりを見ていました。ってことはこれはここらへんではこの季節の行事なのかもしれないです。来年も観察を継続してみます。

今の時期はここらへんでは、あとはホタルとカジカガエル。まだ両方とも、今年は会いに行けてないけれど。みんな元気だといいな。

保存

保存

| | コメント (0)

より以前の記事一覧