2017.04.11

軽い手荷物の旅

20170410_16_45_23_1ここらへんでは桜が満開なこの頃。でも今日はまた2月くらいの寒さがぶり返し。。雨の中、風もあって、レインポンチョを着て長靴をはいて傘をさして歩いたけど、なかなか大変でした。

でも見上げると、満開の桜は雨にも風にも負けてなかった。すごいなーと思いました。足元の道草は、むしろ雨を受けて活き活きとしている感じで、どこかうれしそうでした。

わたしも最初はレインポンチョと長靴があれば雨も楽しいねえ♫と歩きだしたのだけど、風にあおられて途中からはひょえーとなって。。。パン屋さんに寄ってきてほしい、と言われていたのに、雨風に負けました。かわりに帰宅してから久しぶりにパン焼き。。。相方はめちゃくちゃにロシアの黒パンが好きなので、北欧の黒パンです。

20170411_20_00_01_1 めちゃくちゃ簡単な、黒パンミックスに水を入れて混ぜてやくだけ、というもの。イケアさんのです。焼き時間が1時間(!)というのにおののいて、ずっと実行できずにいたけど、今日のような寒い日は、オーブンを使うと暖房がわりに部屋もあたたまるし、よい!と思って決行しました。

パンだけ焼いておくのはもったいないので、オーブン料理も。。と思って、あるものでできるスウェーデン料理「ヤンソンさんの誘惑」(アンチョビ入りポテトグラタン)もつくりました。

そんなわけで、今夜はにわかにスウェーデン祭り。

黒パンミックスは、焼き時間が長いのがアレだけど、なかなかよいです :)

* * *

さて、先月の旅の話について。。もうすこし。今回自分としてもたいぶん新たな試みをした旅だったのでした。それは、「軽い手荷物の旅」にすること。

Img_0499_2回は7泊8日の旅だったけれど、19リットルの小さなソフトキャリーで行きました。相方は背中に背負えるタイプの40リットルのダッフルバッグ。

「軽い手荷物の旅」をすることになったきっかけは、どこまで行っても一律で2ドル50セントという、オアフ島のザ・バスという公営バスに乗って、島の反対側のノースショアに行けたらいいな、と思ったことでした。タクシーだと80-90ドルの移動になるし、バスにのって高さのある大きい窓からのんびり風景を見つつ移動するのが大好きだしで。。。。ただ、このバス、ハワイ島のバスと違って、大きい荷物を持って乗れない決まりがありました。大きさはひざに載せられるものまで、となっていて、飛行機の機内持ち込みサイズが最大限度のようでした。

それでいろいろ悩んだけれど、ほんとうに必要なものに絞って荷造りしてみたら、19リットルのかばんで行けてしまいました。我ながらこんなに軽い手荷物の連泊旅は生涯でも初めてで、不安もあったけど、やってみたら、すーごく快適でした。Img_0476_2

荷物が少ないって、そのままフリーダムに直結するんですね!

0135_xlarge 相方も自分のダッフルを背負うのは問題なかったみたいだけど、キャリーケースの上に載せて運んであげたら喜ばれました(写真の図)。

uber(民間ライドシェア)のドライバーの方にも「あなたたち、荷物それだけ?」とびっくりされたり。。。

* * *

19リットルのソフトキャリーは、相方が以前買ってあまり使わずにいた無印良品のソフトキャリー(小)です。1泊2日程度の旅行用に、というものらしく、さすがにきついかなーと思ったけど、大丈夫でした。

キャスターにストッパーが付いていないのが残念ポイントだけど、鍵をつけられるようなファスナーになっているし、ソフトなのでいざとなったら結構パンパンに詰めることもできるし、なかなかよかったです。

Img_0497 これに、相方の荷物を上に固定するために、アウトドア用ゴムという4mm径の丈夫なゴムを二重にぐるっと巻きつけて使いました(上部のハンドルと並行するように巻いてある黒いゴム紐です)。

ハンドルバーを上げて、相方のダッフルをのせたら、この輪っか状のゴム紐をダッフルの前に渡してハンドルバーにかけるだけ(下側は車輪のところで紐がひっかかるようになります)。

ちょっとしたものを挟んでひっかけておくこともできるので、重宝しました。

相方のダッフルは、オスプレーのパッカブルダッフル、トランスポーター40で、これも軽くてコンパクトなのに容量は40リットルで、背負いやすいし、ぱかっと開いて中身も取り出しやすくて、グッドチョイスでした。

わたしは無印のソフトキャリーに、あとは、昔手づくりした布のショルダーバッグと、ショルダータイプのエコバッグ(布ショルダーの雨よけ用)を持っていきました。それで帰りのおみやげも、出国前・帰国後の防寒着も、不自由なく持ち運べました。

20170407_16_49_28 布のショルダーバッグは、10年以上前に、セールになっていたランチョンマット2枚とコースター2枚、それから使い古しの自分の革ベルトで自作したものです。

20170407_16_50_32_2 基本的にただの袋状のバッグだけど、背面にコースターをくっつけてポケット状にしたので、ちょっとしたものを入れるのに便利です。

布かばんは軽くて、必要ならたくさんものが入れられて、いいです :)

* * *

Img_0056 それと、荷物の軽量化の一環で、今回初導入したのが、ワラーチ(走れるサンダル)です。わたしはランニングなどはしないのだけど、つくりがシンプルで、ソールが薄くて地面を感じられそうで、軽そうで、解放感がありそうなワラーチが前から気になっていました。それにワラーチなら薄いソールに紐がついただけだから、ぺたんこになって持ち運びにもかさばらないし軽量です。

ただ今回は、ビブラムソールを買って一から自分でつくる時間的余裕がなかったので、メルカリで手づくりワラーチを販売されている方から、シンプルなゴム紐タイプのものを購入しました。

でも若いころから、アキレスけんを圧迫するタイプのサンダルや靴が身体に合わなかったので、ゴム紐タイプのワラーチも、少し家で試し履きをしてみたところ、やっぱりむずかしかったことが判明。。。

急きょ、切り売りの真田紐を3m取り寄せて、付け替えてみました。はなおを手持ちのやわらかい革でつくってみました。そしたらこれが、すごく具合がよくって、あまりの快適さに、街も、海も、谷も、旅のあいだずっとワラーチで過ごしたほどです(行きと帰りの飛行機は、軽量スリッポンを履きました)。

ビーサンを別途持っていくべきか迷ったけれど、海ではシュノーケルをしたくてマリンソックスを持参したので、結局ワラーチで浜まで行って、浜についたらマリンソックスに履き替えておしまいでした。

0067_xlarge 足首にくるっとまきつけると足の一部になる感覚なので、谷を歩いたときも快適。地面の感触が分かるのもグー。コンクリの街ではさすがに、この薄いソールだと腰に来るかな、と思ったけど、意外と大丈夫でした。ビブラムソール、やってくれます。。。

脱ぎ履きも、おもったほど面倒ではなかったし、見た目も悪くないし。。。(おしゃれさんな姪っ子にも、かわいいサンダル、と言ってもらえたり)、開放感が半端なく気持ちいいし、持ち運びもぜんぜんかさばらないし、なにせ軽いし。。。言うことなしです。ワラーチづくりの元祖、メキシコのタラウマラ族のみなさまに、感謝しています。

夏の旅はワラーチに限る、と確信しました。あ、でも今回雨に合わなかったから、というのもあるかな。雨のときはどうなるか、試してみないといけません。

* * *

最小限とはいっても、細々としたものは色々と持参しました。

Img_0496 写真が(行き帰りに着てた服を覗く)全携行品です。

上段左から:薄手の長袖パーカー(折りたたみ式)。ストレッチシルクの大判ショール(防寒用。はおりものがわりにも。布屋さんで切り売りしてもらったのを、そのまま切りっぱなしでもう何年も愛用しています)。海水浴用帽子(かぶったまま水に入れて頭の日焼けを防げます)。麻混の日よけ帽。

2段目左から:ふでばこ。ワラーチの予備の替え紐(使わず)。日記帳。ワラーチ。マリンソックス、水着にもなるショートパンツ。水中メガネ、水着上下、長袖ラッシュガード。水中用スマホ携帯ケース(これは水が入っちゃった!スマホ入れずお札だけ入れて使用)。速乾ハンドタオル。カットソー生地の水色のロングスカート(飛行機に乗る前にこれに着替えると楽でした、あとビーチでの着替えにも便利だったり)。黄色い仕分けケースの中はその他の着替え(タンクトップ、半袖ブラウス、長袖シャツ、ビーチ用ポンチョ、パジャマ、下着、靴下類)。

3段目左から:髪留め(櫛を兼ねた)。水筒。コラプシブルタッパー(外食時のテイクアウト用)。携帯用お箸とスプーンフォーク。マヤナッツパウダー。携帯用はちみつ。充電コードセット。ソーラー式にもなるモバイルバッテリ。イヤフォン。ターコイズのネックレス(お祝いの食事の席用)。洗濯洗剤と洗濯ネット。虫よけスプレー。日焼け止め。シャンプー。かみそり。保湿クリーム。スティック状の日焼け止め(向こうで購入しました、便利でした)。薬類(レメディ、フラワーエッセンス、レスキュークリーム)。絆創膏セット(湿式・乾式両方)とマダニ取り具(山歩きなどのときのために)。レスキューチューインガム。レインポンチョ。

3段目左から:ティッシュ、バンダナ、手ぬぐい。布のショルダーバッグと折りたたみ式のショルダーエコバッグ。貴重品用ポシェット(お財布、パスポート、ボールペン、リップクリーム入り)。洗面用具ポーチ(歯ブラシセット、手鏡、耳かき、口紅、クリームなど)。布製マスクとウェットティッシュのポーチ。首枕。折りたたみ式ダウンブランケット(飛行機の中での寒さ対策、使わず)。折りたたみ傘。

あとは珈琲のドリップパック(向こうで飲んだり、おみやげにあげたり)と、モンベルの圧縮袋(使わなかった)、マヤナッツクッキー(旅のあいだのおやつ)も持参していました。レンタルwifi機器も。夜行バスでもらった不織布のスリッパも2人分持参してました(使い倒して帰り道にさよならしました)。

キャンプしないと、こんなに軽い手荷物の旅が可能なんだなあと開眼した次第です。旅先が夏の気候だからできることだと思うけれど。。

行き帰りの飛行機も機内に全部持ち込めて楽でした(そのかわりナイフは持っていけなかった)。

この小さいかばん1つ分の荷物で不自由なく日々を過ごせてしまうんだな、というのは、ちょっと感慨深いです。

今までは「念のため」と、すごくたくさんのものをいつも持って旅をしていました。今回は「持っていくかどうか迷ったら置いていく」というのを基本方針にしました。いさぎよさが必要だったけど、それだけのごほうびがあったように感じています。

どうせ非日常のなかで過ごすのだから、身の周りの品がいつもどおりに整っていなくても、そこまで気にならない、といのはあるかも。。?

Img_0445 念願のザ・バスにも乗れたし。。旅は身軽にかぎる、です :)

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2017.04.07

Alohaの伝統とハワイアン航空

当事者でないと、やっぱりわからないこと、というのが圧倒的にあるということを思う今夜です。わかりあいたい、わかりあえるはず、という夢もあるからこそ、がっかりするけど、でもまずはこれを認めるところから、はじめないとなんだなあ、と。。。

いろんなことを思って、心にいろんな波が立つけど。

ぜんぶわかりあえるわけではなくても、わかりあおうとするっていう方向へ向かうことはできて、それがきっと尊いことなんだろうな、と思う。

* * *

ハワイのお話の続きです。ハワイアン航空の帰りのフライトは、時差ぼけ対策でなるべくずっと起きていることがポイントだったので、映画や特集番組を見まくったのだけど、すばらしいことにすべてハワイ関連のコンテンツだけを見ているうちに着陸時間がやってきました。

映画は40数本から選べたのだけど、選択画面で出てくる画像だけを見て「これだ」と選んだ2本は、どちらも全然知らない映画だったけど、オアフ島が舞台の映画でした。

1本目は『ハウマーナ』という、男性のフラダンサーについての映画。ワイキキで観光客向けのショーの歌手をしていた男性が、子どもの頃からやっていたフラにひょんなことから向き合い直すことになって、紆余曲折を経てクムフラ(フラの師範)になる方向へと人生が切り替わって行っていく、というお話。

ハワイを題材にしたハリウッド映画かしらん、と思って見始めたけど、ハワイアンの人にとってフラを踊るとはどういうことなのかを、丁寧に伝えようとしていて、これはハワイの人が撮った映画かも、と途中で思い始めました。(※「ハワイの人」とは、民族的にネイティブハワイアンの人というだけの意味ではない、もっと広い意味でのローカルの人のことです。ハワイの人は民族的にいえばハーフ、クォーターよりももっとたくさんの混血であることが普通みたいだし、ハワイに生まれたり育ったり長く暮らしたりした人はみんなこの地の人なんだ、と今回実感したのでした)。

映画の途中、主人公率いる男子学生フラグループが出場するフラの大会のシーンがあって、その大会の様子を描写しているところで、ソロで踊る男性が出てくるんだけど、後でエンドロールを見ていたら、その踊り手を演じていたのが監督さんでした。なのでひょっとしてこれは監督自身の自伝的なお話?と思って、後で調べたら、生まれも育ちもハワイのケオ・ウールフォード監督がこの作品の脚本も書いていました。

監督自身のプロフィールを見たら、かつてBrownskinsというハワイのボーイズバンドのメンバーで、後に俳優に転じて映画や舞台、テレビで国際的にも活躍されていました。そして同時にフラの修行も積んでいたんだそう。

そしてクムフラ(フラの師範という意味の言葉だけど、伝統的フラの正統な継承者・指導者を指す位らしい)に去年の夏なられていて、そのあと11月に脳卒中で他界されていたと知りました。

監督のこの作品は、フラが単なる踊りではなくて、生き方そのものだということがよくわかる映画でした。文字を持たなかったハワイアンにとっては、古くからの叡智や価値体系の伝達手段であって、神々との交信手段でもあったんだ。。。

そしてクムフラになるということの、責任の重さも、伝わってきました。そういえば、今回の旅の間、家族のみんなと観光船にのって川下りに参加したときがあったのだけど、そのとき船上でライブ音楽とフラのパフォーマンスがちょびっとだけありました。そのダンサーの方とミュージシャンと一緒に、下船して、滝まで歩いて、また船に乗って帰ってくる、というコースだったのだけど、滝から船に戻るときに、わたしだけ皆に遅れてしまって、たまたまダンサーの方と2人だけで少しの間歩くことになりました。

0005_xlarge とてもきれいな方なので、どきまぎしましたが、「ダンス、とてもすできでした。長く踊っていらっしゃるんですか?」と話しかけてみたら、「5歳のときからです、だから45年」と。なるほど見事なダンスなはずだーと思って、「もしかしてクムフラでいらっしゃいますか?」と聞いたら、「いや、ちがいますよ!クムフラは責任が重すぎて、片手間でできるものじゃあ、ありません」とおっしゃって、それが印象に残りました。

クムフラは無償でやる仕事だ、とどこかで読んだのも思い出しました。みんながみんなそうなのかどうかわからないけれど。生徒たちにしっかりと伝統を受け継いでもらうには、実際大変な責任を伴うみたいです。

イプという大きなひょうたんのたいこをたたいてチャントをうたう、クムフラ。

ノースショアのワイメア渓谷で出会った小学生の一団が木々の下で踊ったときも、そういえば、方隅にイプを手にして地面に座っていた女性がいました。彼女の掛け声のもと、子どもたちはまず大きな声でチャントを唱えながら4つの方角を向いて、それから踊りだしたのでした。Img_0311

遠くから見てたけど、みんなの真剣さがわかりました。

* * *

もう1本、飛行機の中で見た映画が『ザ・ライド』です。こちらはサーフ映画とおぼしき映画だったので、軽い気持ちで見始めたのだけど、ハワイの英雄であり伝説のサーファー(&水泳選手)、デューク・カハナモクへのトリビュート映画でした!

『ハウマーナ』同様、ハワイ出身の監督(ネイザン・クロサワさん)が手掛けた映画で、『ハウマーナ』同様、役者として活躍していたわけではなかったハワイ出身者を大勢キャスティングしていました。「リアルな人と、リアルな場所で」この映画をつくることを旨としたそうです。

この映画、サーフィンというスポーツの原点をたどれる映画です。そしてそもそもサーフィンが生活の一部だった、1911年当時のハワイの人たちのあり方。。。ハワイの伝統や価値観も、ひしひしと伝わってきます。デューク・カハナモク役の方の存在感のジェントルさは、ほんとうにすてきでした。「板に乗るんじゃない。波に乗るんだよ」というデュークの名言も。

* * *

ハワイざんまいのインフライト・プログラムで、映画の他にはハワイのトランスジェンダーの方についてのドキュメンタリー番組も見ました。

男女両方のスピリットを持つ人(トランスジェンダーの人)は、古代ハワイでは「Mahu」と呼ばれて、ケアテイカー、ヒーラー、古くからの伝統、聖なる知恵をフラやチャントを通じて伝える教師として尊敬されていたんだそう。

見たのは現代のトランス(FTM)の小学生ホオナニさんについての25分版番組で『A Place in the Middle』というタイトル。実は77分版のドキュメンタリー映画の部分を再構成したものらしいと後でわかりました。長編のほうは、『Kumu Hina』というタイトルで、ホオナニさんの学校で先生をしているトランス(MTF)の先生、Kumu Hina(ヒナ先生)が中心の内容。長編のほうも見たいな。。。

25分版のほうは、ほんとうのAlohaのスピリット(お互いを尊重しあって調和の中に生きること)を考えるための教材として、ハワイの学校で使われたりしているみたいです。Youtubeでも見られます(ちょっと不完全だけど、日本語の機械翻訳字幕を表示することも可能です)。

ヒナ先生も、ホオナニさんも、唄が、チャントが、うまい。。! ホオナニさんはウクレレもすごくうまい。。。

チャントがうたえることが、伝統を受け継ぐことの大きな部分を占めていることを、改めて思った次第です。

それと、ヒナ先生が11歳のホオナニさんに「わたしはあなたが男子の列に入りたいのがわかっているし、入ってもらってOKだけど、他の人は、あなたが女子の列に入るのが当然と思ったりするかもしれない。そんなとき……若いうちはね、ただ流れに任せるのよ。わたしくらいの年齢になったら、もう他の誰かのために動かなくてもよくなるからね」と諭していたのが印象的でした。

「さいしょはがまんをしなくちゃいけないけど、いずれは他の誰かのために動かなくてもよくなる」というのが、ハワイの伝統文化のたどった道と重なるようにも思えました。

* * *

インフライトプログラムには、私と相方の憧れのかたまりである、ハワイの双胴カヌー、ホクレア号についての番組もありました。ポリネシアの伝統航海術の継承者、ナイノア・トンプソンさんのお話も聴けて、すごくよかったです。

今ホクレア号は世界一周航海の真っ最中。番組では、ホクレア号が寄港した先での様子をドキュメントしていました。

ホクレア号のはじまりに関する映像は、オアフ島滞在中に行ったビショップ・ミュージアムのプラネタリウム番組「Wayfinder」でもじっくりと拝見することができて、至福でした。(短いバージョンだけどみられるが動画がありました↓)。

Wayfinders: Waves, Winds, and Stars (Fulldome Preview) from Daniel R. Rogers on Vimeo.

ビショップ・ミュージアムのプラネタリウムは、ナイノアさんが伝統航海術を学ぶ過程で、星空を勉強するために通い詰めた場所だったんだそうです。

長編のほうでは星の航海術の一端をバーチャル体験できるしかけもあって、星をつかって東と西を見極める方法も教わりました。ホクレア号の名前の由来は、ホク・レア(ハワイ語で喜びの星)と呼ばれる星、アークトゥルス。このアークトゥルスとスピカが水平線近くにあるときに、2つの星を結んだ中間点が真東になる、んだったと思う(記憶が正しければ)。西も同じように2つの星を結んだ中間点だったんだけど、どの星だったか思い出せない……。

それにしても星がわかれば方角も緯度もわかるってすごいな。地図が頭上に広がっているようなものだなんて。。。

星が見えないときでも、潮の流れや波、風、鳥などでナビゲートしていくのが伝統航海術なんだそうです。

この伝統航海術をハワイに蘇らせることになったきっかけとなった人は、実はミクロネシアのサタワル島のマウ・ピアルグさん。伝統航海術を受け継いでいた人でした。ハワイでホクレア号が完成したとき、ハワイには航海術がわかる人がいなくて、1976年にマウさんがホクレア号をハワイからタヒチまで、機械類を使用せずにナビゲートしてみせたのでした。これを見て感動したナイノアさんが、マウさんに弟子入りして、ハワイに伝統航海術が蘇ったのでした。

そういえば。。。ビショップミュージアムへ行くのにuberという民間タクシーを使ったのだけど、そのドライバーの方がミクロネシアのコスラエ島出身の方で、ホクレア号の話になったときに「うちの国の人が伝統航海術をホクレアの人に教えたんだよ」と誇らしげに言っていました。サタワル島とコスラエ島は同じミクロネシア連邦に属する島。「彼はもう亡くなったけど、彼の子孫に、伝統航海術は伝わっているよ」と言っていました。運転手さん自身も海軍に入るためにオアフ島に越してくるまでは、生活の一部としてカヌーに乗っていたそうです。

* * *

ホクレア号はハワイの伝統文化とアイデンティティを取り戻す動きのきっかけをつくったけれど、今はもっと先へと歩みを進めている、と今回実感しました。

オセアニアの海域からこんどは世界一周航海へと出発することになった2014年に、ナイノアさんがおっしゃった言葉。泣けた。

「この航海は……自分たちのためにするのではありません。3年間旅に出るのは、地理や国家、民族によって定義されるのではない文化を見つけるため。この地球上に出現する必要がある新しい文化、全人類に関わる文化です。その核心にあるもの、その文化を定義するものとは、価値観です。”富”の新しい定義、それは、貯めたり自分たちのものにしたりできるもののことではありません。”富”の新しい定義、それは、みんなに贈れるもののこと。私たちはそう信じているし、そのために航海するのです。」

ホクレア号は現在世界一周の終わりに近づいていて、ラパ・ヌイからタヒチに向かう途中。4月中旬にタヒチに到着予定です。そこからハワイへと帰路につき、2017年6月にハワイに帰って来ることになっています。現在位置などのリアルタイム情報はPolynesian Voyaging Societyのサイトから見られます。

サイトを見てわかったんだけど、Mālama Honuaと名づけらたこの世界一周航海の公式スポンサーがハワイアン航空でした。ハワイアン航空はベジメニューがないという残念ポイントもあったけど、それを上回るすてきさがあるな!

Mālama Honuaとは、シンプルに訳すと「この地球という島のお世話をすること」という意味なんだけれど、ハワイ語の意味合いとしては、「この世界を構成しているあらゆるもの、大地、海、生き物、文化、コミュニティを大切にして守ること」なんだそうです。

Aloha。。

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2017.04.05

Kokuaのスピリット

記憶力がガタ落ちしてから、わたしのメモリーデバイスになりつつあるこのブログです。。。

いろいろ書きとめておきたいことがあった今回の旅だったのでした。記憶があるあいだに、順繰りに、少しずつ書いておこうと思っているところ。。。

* * *

Img_0236 ノースショアのハレイワの、(きゃ)さんのおうちで私たちが泊まらせてもらった部屋には、小さな机があって、その上に、Tシャツの胸のロゴ部分が見えるように折りたたんで小さな額縁に入れたものが置いてありました。額縁もTシャツもくたびれていて、見たところ年代物みたいだった。

無地のTシャツの胸のところに「KOKUA」とい文字がただ書かれているだけのシンプルなTシャツです。

あまりにさりげなくそこに置いてあって、相方はその存在に気づかなかったほど。

わたしも額の中でTシャツの右端がへにょっとずれたまま、ホコリもちょっとかぶってそこにあった、そのくたびれ加減に、そこまで深くは気を留めずにいました。

帰りの飛行機で、時差ぼけ対策で一切寝ずに過ごそうと、インフライトの映画や番組を見まくっていたのだけど(ハワイアン航空はハワイ関係の映画や番組が充実していて、最初から終わりまでハワイ関連のものだけ見ていられて、すばらしかった!)、ハワイの伝統食を掘り下げるのがテーマの番組で、ホストを務めていたハワイ出身の有名シェフ、エド・ケニーさんが、あの額縁に入ってたTシャツと同じのを着ておられたシーンがあって、あ、と思いました。

日本に帰国してから、そういえばあのTシャツはなんだったんだろう?と思ってしらべたら、ジャック・ジョンソンさんがKokua Hawai'i FoundationというNPOのためのチャリティイベントとして音楽フェスをやっていたときの記念Tシャツだったみたいでした。

Kokua フェスの音源を集めたアルバムも出されていて、そのアルバムの表紙がTシャツのロゴと同じでした。Kokuaとはハワイ語で「助け合い」とか「エイド」とか「へルプ」を意味する言葉。

ノースショアといえばジャック・ジョンソン。。だから(きゃ)さんのおうちにあのTシャツが飾ってあったのも不思議はなかったわけでした。

そんなわけでKokua Hawai'i Foundationのサイトにたどりついたのだけど、そしたらサイトのカバーページに見覚えのあるロゴがありました。「Plastic Free Hawaii(プラスチックのないハワイ)」というロゴ。

(きゃ)さんちの近所の自然食品店で見つけた、持ち運び用のカトラリーセットに、おんなじロゴがついてたのでした。

20170405_10_47_59 20170405_10_49_38 お箸とナイフ、フォーク、スプーンがみんな入ってるけどすごく軽くて、コンパクトで、なかなか秀逸なこのカトラリーセット。

よく見ると、空色の袋はリサイクルPET製で、ゴミとして埋め立て地行きだったペットボトルを再利用していると書いてありました。

20170405_10_48_07_2 袋のふた部分の「Plastic Free Hawaii」というロゴの下には、よく見ると「A program of the Kokua Hawai'i Foundation」と書いてありました。

Kokua Hawai'i Foundationは環境教育の支援・推進活動をしているNPOだそうで、プログラムの1つとして、プラスチックのないハワイに向けて活動していたんですね。プラスチック製品の使い捨てを最小限にしていくことの健康面・環境面のメリットを知らせるためのツールやトレーニングを、学校や企業、地域コミュニティ向けに提供しているそうです。プログラムの一環で、ビーチクリーニングや、こうしたリユーザブル・カトラリーの販売もしていたのでした。

このカトトラリーセットを一目見たとき、軽くて小さくてキャンプに便利だなあ!と思ったけど、本体には「TO GO WARE(テイクアウト用カトラリー)」と書いてあって、ごはんをテイクアウトするときなどの普段使いが想定されているようでした。

思い返すと私もオアフ島滞在中、外食やテイクアウトをする中で、なんどもプラスチックのフォークやスプーンを使い捨てするはめになりました。博物館や公園内の食堂などでご飯を食べると、プラスチックのフォークと紙皿などで出されて、食べ終わるとまるごと全部、大きなゴミ箱へ入れるのです。プラスチックと燃えるゴミの分別もなしでした。。。

20170405_12_00_54軽い手荷物の旅にしたくて、荷物を最小限にしてきちゃったので、お箸だけは持ってたけど、今回は野宿しないし、と思って、持ち運び用のフォークやスプーンは置いてきちゃっていました。でもたまたまハワイ到着翌日に小さな売店でアウトドア用フォーク兼スプーンを見つけて(ドイツのメーカーのだったけど)即買い……。

なのでその後はお箸も、スプーン兼フォークも、いつも持ち歩いていたわけだけれど、お店で当たり前のようにプラスチックのカトラリーを出されると、ついもらってしまって、自分のを使いそびれてしまってました。。。(後悔)。よその地で、まわりに溶け込みたい、と思うと、つい、みんなと同じようにしてしまうへなちょこな自分です。

ほんとに、このへなちょこは、どうにかしたい。。。

Kokua Hawai'i Foundationの活動を、これからも応援したいし、自分のへなちょこ改善活動にも、もっと取り組みたいです。

愛と尊敬をもってお互いに接するハワイのAlohaのスピリットは、地元の人と接する中でほんとうに身に浸みたけれど、AlohaのスピリットにこのKokua(助け合い)のスピリットが連なっていることは、そうだよな、うんと自然なことなんだな、と思いました。

Img_0454Img_0459 Img_0456 余談:ハワイアン航空はインフライトプログラムも充実していたけれど、シートベルトや非常口の案内動画もイケてました。すべてハワイの風光明媚な場所で、ハイカーやフラダンサーやカヌーの漕ぎ手やサーファーの皆さんとロケ撮影されていて! 非常口の場所は砂浜に描いた飛行機の上で示されたり。非常口の方向をフラダンサーの方が踊りながら示してくれたり。とてもよくできていて感心しました。

おちゃめでかわいらしくて美しい動画でした。これもAlohaのスピリットだなあ。。。と思った。

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2017.04.04

(きゃ)さんの自然な暮らしと、カヌーと、ワイメアの谷

遠出の旅から帰ってそろそろ1週間です、ようやく身も心もおうちに戻ってきた感じです、ほんとにゆっくりだ。。。そして旅を振り返りつつ仕事してます。

Img_0414 ハイビスカスでシャンプーがつくれること、オアフ島のノースショア(ハレイワ)でお世話になったおうちの(きゃ)さんに教わりました。玄関先に咲いてた赤いハイビスカスの新芽や葉っぱをひとにぎり摘んできて、水を張ったボウルに入れて、もみもみ。。。 そうやっていると、とろんとした成分が出てきて。。。あわい緑がかった、とろんとした液体になったら完成です。Img_0231

頭を洗う時は、これをつけて髪をもみもみしたあと、洗い流す前に少し置くのがポイントだそうです。やってみたら、髪がふんわりソフトになったのを実感しました。

Img_0232 ハイビスカスのシャンプー、いいです。しかも、もみもみしたあとの新芽や葉っぱや花は、まるでゆでたモロヘイヤそっくりで、お醤油なんかで和えてみたらおいしく食べられました♡ 無駄がない。。

Img_0243 Img_0421 Img_0339 (きゃ)さんちは、裏庭にバナナやココナツ、カカオ、マンゴー、パパイヤ、パンの実(ブレッドフルーツ)なんかがなっていて、少し離れたところにある畑では大根なども育てているそうで、朝ごはんにはパンの実の炒めものや、カカオとバナナのデザート、マンゴーとココナツとスピルリナとライスミルクのスムージーなどをつくってくださいました。Img_0410顔をあらっていたら、裏庭で「ゴンッ」と音がして、なにかなあと思ったら、(きゃ)さんがココナツを取ってた音だったり。。。Img_0408刃物で割って、中の白いところをかき出して、スムージーに入れてくださいました。

生ゴミはみんな、庭を駆け回っている鶏にあげるというシステム。これも無駄がない。。庭にはコンポストトイレと、アウトドアお風呂も手づくりされていました。 Img_0425Img_0423_2

  家の裏手には川と池があって、泊まった最初の晩は、春休みの近所の子どもたちが夜遅くまで川でカニとりをして盛り上がっていました。くたびれてなかったら見に行きたかった。。

不思議と日本通で、家に帰って来ると「ただいまー」と言う(きゃ)さん。「ただいま」だけを習って「おかえり」は習わなかったらしく、私たちが帰ってきて「ただいまー」と言ったときも「ただいまー」と返してくれてました^^; なんで日本語そんなに知ってるの、と聞いたら、以前ピースボート乗船者向けのプログラムを担当したことがある、とおっしゃってた。

友達が釣ったというAkuという大きな魚(サバみたいな魚)を持って帰って来ると、まるごと特大の鍋にごんっと入れて、水と大根と薬草とを入れてことこと煮てスープもつくってくれました。海の人の料理、という感じ。。。朝ごはんに海苔と一緒にいただきました。

(きゃ)さんは食とヨガのスペシャリストでもあって、朝起きて顔をあらってリビングに行くと、すでにリビングにヨガマットが敷いてあって、(きゃ)さんと、ヨガの生徒さんらしき女性が1人いらしていて。あと2枚余計にマットが敷いてあったので、「他にもっと生徒さんがいらっしゃるんですか?」と聞いたら「これはきみたちのぶん、さあ」と。いきなりヨガセッションの始まりでした。宿泊代に朝食とヨガセッション代が込みだ、というのはなんとなく知っていたけれど、前夜に何もそういう話もなかったので、突然でびっくりした。(きゃ)さんは何時からこうしますよ、とか言う人ではなくて、その場の流れに合わせて、とてもイージーにものごとをやっていく感じの人。口数が少なくて(少なすぎてこの突然のヨガセッションみたくいろいろびっくりしたけど)、静かな存在感で、でも笑うときはカラッと笑うのでした。ヨガの指導もゆるやかで的確で、とても気持ちよくできて、休まりました。

空色のビーチクルーザーも貸してくれて、浜までの気持ち良い道を走りました。ピストバイクは初めてで、緊張した。。けど慣れるとかえって快適でした。ペダルでブレーキできるって楽です。片手にサーフボードもってたらなおそうなんだね、きっと。

Img_0324ノースショアはサーフィンで有名な街だけど、この2月にはノースショアコミュニティのみなさんと、ホクレア号のキャプテンとナビゲーターをつとめたカマキさんとでつくった新しいアウトリガーカヌーも処女航海をしたばかりだそう。

アウトリガーカヌーはハワイの伝統そのもの。ホクレア号は私と相方にとっても大きな存在で。。。歩いていたら、たまたま浜でこの新しい双胴カヌーに出くわして、うれしかったです。

Img_0321Wanana Paoaというこのカヌーの名は、ノースショアのワイメア湾沖の小島から命名されていて、これからのノースショアはサーフィンと観光だけでない、もっと大きなものを体現する場になっていくんだ、という地元のみなさんの心意気を、後でネット上の記事で知りました。

そんなこんなで、たまたまAirBNB(民泊)で見つけて泊まらせてもらうことにしたおうちだったけど、いろいろうれしいおうちでした。歩いてすぐのところに大きな自然食品店もあるし、居心地100点のベジカフェもあるし、バスでちょっと行ったところにはワイメア渓谷という美しい渓谷があって、滝つぼで泳ぐことができました。

Img_0300 この滝と谷全体は、いったんテーマパーク化されてしまっていたのを、ハワイアンの人たちががんばって土地をトラストとして買い戻して自然公園に戻したそうです。それがつい2006年のこと。

滝つぼで泳いで、この谷の風に吹かれたときが、実は今回のオアフ島滞在の中で、一番幸せを感じた時間でした。なぜか泣けた。。。

帰国してからググったら、この谷はもともとワイアンのカフナ(古代ハワイの神官)が代々統治してきた場所だった、とありました。800年近く、カフナがこの谷を守り続けてきたそうです。別名「カフナの谷」として知られるほどの聖地に、かつては軍用施設がつくられたこともあったとわかってびっくりしました。テーマパーク時代もかなりな使い方をされていたみたい。

この谷は、今はハワイの自然や文化について学べる場になっていて、広大な敷地の中をさまざまな植物に会いながら歩いていけるようになっています。昔の暮らしを偲べる復元住居などもあったり。ヘイアウ(神殿)も、かつての場所に復元されていて。

遊歩道には途中「Cultural Practitioner」と書かれたブースがいくつかあって、そこで係の人にハワイの伝統文化についてデモンストレーションしながら教わることができるようになっていました。

滝へ向かう手前のところで、以前博物館で目にして気になっていた、昔のハワイのキャンドルがブースにあるのが見えて、お話を聞いてみました。

Img_0291 石うすのような入れ物の中にさしてある、このおだんごみたいなのは、ククイの木の実。これは展示用なので殻をはずしてないけれど(はずすと小鳥が来て食べちゃうから)、本来は殻をはずして使います。上端の実に火を灯すと、1粒3~6分くらいのあいだ灯って、下の実に燃え移り、そうやって串1本でしばらく燃えるようになっているそう。

実際に灯してみたいなあ。。!どのくらい明るいんだろか。ククイの木は英語ではキャンドルナッツ・ツリー。そのまんまな名前だし、やっぱりキャンドル並みに明るいのかな。と思って調べたら、実際に実を灯してみた動画がありました。ほんとにキャンドル並みでした。この実はじゅずつなぎにして正装のときのネックレスや腕輪にも使われていました。気持ちのいい手触りの実。

Img_0292 ククイキャンドルのとなりにもいろいろ並べてあったので、尋ねてみると、ただの丸い黒い石に見えたものは、フラを踊るときのカスタネットでした。2つの石を片手に持って打合せると、なるほどいい音がしました。帰りの飛行機で見た『ハウマーナ』というフラがテーマの映画で、たまたまこの石のカスタネットを鳴らしながら踊る人たちを見ました。ゆったりした踊りだった。。。

この石は、そこらへんのてきとうな石でいいわけではなくて、フラの踊り手一人ひとりが、自分で探しに出かけて、自分の手に合う石に出会わないとなんだそうです。

Img_0297 小さいたいこは、腿にゆわいて固定して、草を編んだバチで叩くもの。たいこの革は昔はサメの革を使っていたそうです。

ほら貝も、ほんとうに貝のはしっこを切り落としただけのものだけど、立派な音が出ました。

シンプルで美しい道具ばかりでした。

Img_0302 テーマパーク時代はエンターテイメントのためのダイビンングショーが行われていたこの滝。今は地元のみなさんに大切にされていて、静かで穏やかな場所でした。

滝つぼで泳いで上がったときに、地元の小学生らしきグループが、先生らしき人たちに連れられてやってきたかと思うと、ひとしきり滝に向かって熱心にチャントを唱えて、それからみんなで水に入っていくのに出くわしました。

しばらく後で、またこの子たちのグループに遭遇したのだけど、そのときは大きな緑の木々に囲まれたところで全員でフラを踊っていました。男の子も女の子も大きい子も小さい子もみんな。踊るってこいうことなんだな、とちょっと思った。

Img_0315 ほんとうに美しくて、ゆたかさを感じる谷でした。

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2017.04.02

オアフ島の海に

Img_0302 ひさしぶりに遠くへの旅に出ていました。ハワイのオアフ島へ、大家族でのお祝いの旅行で、最後に数日間パートナーと2人で延泊しました。

オアフ島は若い頃に1度行ったきりで、そのときのワイキキの印象があまりよくなくて、格別行きたい場所ではないと思ってきたのだけれど、今回、その先入観が溶けたのでした。ワイキキは確かに自分にとって大変な場所だけれど、オアフ島のほかの場所、海や谷や滝や田舎街は、とても広大で、やすらかで、ゆたかでした。

それとやっぱり、地元の方々が、朗らかでやさしい。。。これも身に浸みました。ハワイの地にはやっぱり、アロハのスピリットが根付いているみたい、と思いました。

旅の前までかなり仕事が忙しくて消耗しきっていたので、旅の間もともするとすぐ頭が緊張しがちになったりしたけれど、でもやっぱり、海に、谷に、滝に、風に、花に木に人に小鳥に魚に海亀にイルカに、よくしてもらって、助けてもらったように感じています。

Img_0518 海は、なかでも、とくべつでした。以前、ビッグアイランド(ハワイ島)のホナウナウにあるツーステップスというポイントで泳いだときもそうだったけれど、今回も、海に入ると、すごくやすらぎの感覚がやってきました。

足が全然つかない深さの海なのに、まったく不安感が出てこないばかりか、むしろ安心感が増すという不思議。。。

今回入ることができたのは、ハナウマ湾と、ワイアナエ港からカタマラン船で出た沖、そしてノースショアのワイアルア湾でした。

* * *

Img_0515 ハナウマ湾は人気のシュノーケルスポットだけれど、ビジターに対しての入水前のオリエンテーションも徹底していて、この湾の自然を懸命に守ろうとしている方々の想いを感じられたのがよかった。。

Img_0511 おちゃめな顔をしたフムフムヌクヌクアプアア(ハワイの州魚)、ポーヌフヌフ(パロットフィッシュ)という大きな虹色のお魚、モアという水玉の小さいフグ、プアルという淡い青のボディがきれいなお魚。。浅いところでもほんとにいろんなお魚が泳いでいまいした。縦じまのひらひらしたマニニというお魚の群れとはしばらく一緒に泳ぐはめにもなったり。。。魚たちは人が居ることに慣れっこになっているのか、ほんとにマイペースで。。。居合わせてもらえて楽しかったです。

相方も、最初水に慣れるまでは不安そうだったのが、最後には「楽しかった!」を連発していました。シュノーケル好きの兄もよろこんで、水中で使えるカメラでたくさん写真を撮ってくれました。

* * *

Img_0516 ワイアナエ港の沖は、イルカと会うツアーに参加して、行くことができました。野生のイルカ(スピナードルフィン)に会ってもいいらしいことに、まずは、どきどきわくわくしましたが、オアフ島の西側の地域にあたるワイアナエ地区は、ハワイアンミュージシャンのIZさんゆかりの地域でもあって、行ってみたい気持ちがあったので、それもツアー参加の動機になっていました。

ワイキキを出て、西へ西へと車が走っていくにつれて、空が広くなって景色が大きくなっていきました。背の高い建物が1つもなくなって、緑色の山肌の丘が見えてきました。もともとのハワイはこんな感じだったのかな?という風景。

ワイキキは、最初王族の保養地で、タロ芋が育てられたり、池で養殖がされたりしていた場所だったのが、中国からの移民の時代には水田になって、そのあと、西洋の人たちが埋め立ててリゾート地にした場所だと聞きました。ワイキキのビーチの白砂はカリフォルニア州から運んだ、とのこと。

ハワイが西洋人の手に渡るまでの経緯をたどればたどるほど、胸つまされる自分がいるけれど、そういう過去の歴史だけじゃなくて、現在も同じ構造は続いていて、富裕層の移住者がハワイの土地を高騰させているらしく、地元ハワイアンの人たちの暮らしが圧迫されて家のない人たちが出てきているそうで、そうした人たちが少し前まではワイアナエのビーチなどで家族でテント暮らしをしていたと聞きます。が、テントは見当たりませんでした。今は当局の政策で、人目につくところで野宿できなくなっているらしく、内陸部のほうに移動しているか、シェルターに入っておられるとのこと。でもシェルター暮らしは不自由が多い、と聞きました。(このに、詳しく書いてありました)。

そして自分もやっぱり外からの訪問者としてここにいるわけで……。野生のイルカに会うツアーについても、ワイアナエ沖の浅瀬を休息の地として好んでいるイルカたちにとって、そこへ連日人間が乗り込んでくるのは、どうなんだろう、というのがありました。イルカには会ってみたいと思ったけれど、野生動物の生息地に入り込んでいいのかどうか……。気になって少し調べたら、Wild Dolphin FoundationというハワイのNPOが、イルカツアーのあり方についてかなり懸念を示している文書があって、イルカツアーの認証システム(イルカにやさしいツアーであることを示す認証)が機能していないことを憂いでいたので、イルカツアー参加は見送ろう、と一度は思いました。

でも、いくつかのツアーが載った雑誌をぱらぱらと見ていて、シーハワイというツアーオペレーターが気になりました。認証マークがついていないツアーをしていて、NOAA(アメリカ海洋大気庁)が制定した基準を守って野生のイルカに接している、と書いてあったのと、ツアー内容がイルカウォッチングと、イルカのポイントとは離れた場所でのシュノーケルのみで、カヤックとか他の派手なアクティビティを盛り込んでなかったので、もしかしたらここならいいのかも?と思いました。

シーハワイの会社のサイトを見たら、オアフ島のイルカツアーのオペレーターのうち唯一ハワイ出身者が経営する会社だとありました。あと、ツアーの収益の一部がシーハワイ財団に寄付されて、海洋科学の分野を専攻していきたい地元の高校生向けの奨学金に充てられるとあったので、それも大きかった。。。

いつも相談している、ハワイの動物たちのカードに、このツアーへの参加についてたずねると、そのまま「イルカ」のカードが出ました。アロハという意味のカード。

そんなわけで、実際に参加してみたのでした。船の上からでもイルカに会えるみたいだよ、ということで、泳げないし足のつかない海はNGな姪っ子たちも、みんな一緒に参加しました。泳ぎの得意な甥っ子と姪っ子は水に飛び込んで、甥っ子のほうは特に水を得た魚のようにのびのびと泳いで、生き生きとしていたっけ。。。

Img_0519 陽気なガイドさんたちに率いられて、開放感いっぱいのカタマラン船に乗り込み、ワイアナエ港を出てしばらく行くと、まずはシュノーケル・タイムでした。船の上から海亀が泳いでるのが見えました。ときどき頭を水上にもたげる様子がかわいらしかった。。

船のはしごを降りて海へと入ると、ふわりと開放感に包まれました。

こんなに沖で海に入るのが初めての相方は、最初不安だったみたいだったので、慣れるまで、しばらくそばについて一緒に泳ぎました。

Img_0506まわりには、あざやかなレモン色のお魚(レモンバタフライとも呼ばれる、ハワイ固有のバタフライフィッシュらしかった)がいっぱ泳いでいました。フムフムヌクヌクアプアアもいた。

たっぷり30分もそうやって泳がせてもらえました。そのあとはイルカのポイントへ移動です。

イルカポイントでのふるまい方の注意事項を聞いて、今度ははしごではないところからぽちゃんと飛び込みました(早くみんなで入水するためみたいでした)。

Img_0509 1度目のときは、ちょっと忙しい感じでしたが、2度目に入ったときは、下の方をゆるやかに泳いでいくイルカのみなさんをぼおっと見ていることができました。イルカのみなさんとこうしてそこに居合わせていると、自分の両足も交互に動かすのでなくて、ゆるゆる版ドルフィンキックみたいなふうにしたくなりました。両腕を背中のうしろで組みたくなりました。そしてなるべく静かにしていたくなりました。

Img_0508 野生動物なのに、ぜんぜんそういう感じがしないし、怖くない、というのが不思議でした。ハナウマ湾のお魚同様、人に慣れている、というのがあるのかな。それともこれは、昔からのハワイの人とハワイの生き物とのつながりのおかげなんだろうか? もしかして船長さんやガイドさんたち(ハワイ出身の方も多そうでした)の中に、海洋動物をアウマクア(先祖)に持つ人がいる、とか。。。?

ほんの束の間だったけれど、同じ水の中に居合わせてさせてもらって、つくづく美しい存在だなあと思いました。

でも、日本に帰ってから振り返って、このツアーがNOAAの基準に則していたのかな、大丈夫だったかなと不安になりました。

で、気になってもう少し調べたら、「NOAAの基準」がそのままイルカツアーの認証マークの基準だったことを知りました。てっきり2つは別物だと思いこんでしまっていた。。。でもさらに調べていたら、こんな記事にも出くわしました。なるほど、こういう見方もあるんだな、と思いました。このツアーのやり方がイルカを十分尊重しているからこそ、過去30年、ここでこうしてやれてきているわけで、これはエコツーリズムのひとつの成功例なんじゃないか、とこの水中カメラマンの方はおっしゃっていました。

シーハワイの船長さんもガイドのみなさんも、どの方もとてもやさしくて朗らかで、海を、イルカを、傷つけるようなことをしたいはずがないのは明らかでした。シーハワイではツアー参加者全員に、NOAAによるスピナードルフィンの生態についての文書を翻訳したものも配っていました。そこには、日中はイルカにとって休息時間であることもちゃんと書いてありました。

NOAAは野生のイルカとの接触を規制しつつ、「イルカと泳ぎたければ捕獲されたイルカと泳ぐように」と言っているらしいけれど、イルカの側からすると、これは誰かしらが犠牲にならないといけないことを意味しているわけで。。。バードウォッチングを全面禁止して、かわりに1羽を捕獲してそれを見るように、となったら、やっぱりそれは違う気がします。私が鳥だったら、仲間の1羽が捕えられてしまうよりは、自分たちの本来のあり方を尊重してくれる人がガイドをつとめるなかで、生活圏に少しの間入ってこられるほうがいいような気がする。自分たちの身に行動の自由がある中で、その場を束の間共有する、というほうが。。。

Img_0507 イルカのコミュニティがどう感じているか、なにが、どこまでがハラスメントになるのかは、ほんとうのところは各自のイルカに聞くしかないけれど。。。海で少しだけ一緒に居させてもらえたこと、とてもうれしかったし、ありがとうの気持ちです。イルカのみなさんも、贈り物をくれるみたいにそこにいてくれたのなら、そこまで耐えがたきを耐えていたわけではないなら、いいなあと思う。。

そしてイルカ以外の、ハワイのみなさんにも。。おじゃまさせていただいて、ハワイのいろんな部分を見せていただいて、感じさせていただいたことに、ありがとうの気持ちです。

* * *

Img_0361 最後に行った海、ノースショアのワイアルア湾は、冬の時期は波が大きいことで知られる屈指のサーフスポットです。もちろん、この時期にサーフィンできるのは腕のあるベテランサーファーだけ。

すごい大波だと聞いていたので、ノースショア滞在中は海に入るなんて無理だろう!と思い込んでいたら、お世話になったおうちの(きゃ)さんが「いや、泳げるところあるよ、このへん」と地図で教えてくれました。

すぐ向こうは大波エリアなのに、同じ湾の逆側は静かで、小さい子どもたちが大勢、楽しそうに泳いでいました。

週末だったせいか、地元の人らしき人たちがテントを建てて浜辺のそこここでのんびりしていました。いい感じのゆるさ。

Img_0341 大波に乗るサーファーのことは、いつまででも見飽きませんでした。ぼーっとながめてしまう。。

Img_0215 オアフ島は小さい島なのに、ほんとうにいろんな表情があって、懐が深いなあと思いました。海と、緑の山々と、谷と、人と、生き物のみなさんに、ありがとう。

次は谷の話でも。。。








* * *

前回ビッグアイランドのホナウナウで泳いだときの記録がふと出てきたので、ここに貼っておくことにします(自分用防備録)。

旅から帰って、半日ともだちとえんえんおしゃべりして過ごして、やっと落ち着いてきた。。。旅のあいだは感じることが多すぎて、ことばにも絵にもならない日々でした。

最後に滞在した有機農園のコナコーヒーの豆を挽いて、コーヒーを飲んでるなう。他の植物に混ざって斜面に植わって、たわわに緑の実をつけていたコーヒーの木々を思い出しつつ。。。いろんなことがあったけど、あのエリア(ビッグアイランドのサウスコナのホナウナウ)は、ふしぎとピースフルで、ものすごく休まった。農園のおかみさんにそう言ったら、自分も最初ここに来たときにそう感じたのよ、同じように感じているんだね、と言われた。

ホナウナウの湾で、日焼け止め不要の遅い午後に少し泳いだとき、水から顔をあげるたびに目に入って来る陽の光がキラキラきれいでした。ツーステップとよばれる場所で、文字通り岩が2段、階段状になっていて、その先はぐーんと深くなり、海底にはごろごろとサンゴ。地元の子どもたちらしき子たちがおおはしゃぎして岩から飛び込みをしたりバシャバシャやったりしてたけど、はしゃいでいてもちっともうるさくなくて不思議だった。かなり深いところを泳ぐときは、いつも最初は少しびびるのに、この湾では最初からおおいなる安心感の中で泳いでいて、ちっとも怖くなかったのも不思議でした。

ビッグアイランドにはいろんなことがあるけど、それらをおおいなるなにかが、ものすごく寛容に包み込んでいるような気が、やっぱりした。


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2016.12.17

すごい喫茶店

今朝、夢に、亡くなったねこの(にゃ)ちゃんが出てきました。出てきたというか、ほぼ、もうそこにいたというか。わたしの左手をなめて、すりすりしてきてくれました。懐かしい感触でした。

そういえば昨日の夢にも、虹の橋の向こう側の人が出てきた。フリー編集者時代に上司だった、写真編集者の(に)さん。相方と、もうひとりと、(に)さんと、4人でどこかで食事をしていたのだけど、甘いものを注文してしまって、(に)さんにはなにか別のものを頼んだほうがいいな、と思っていたのだけど、当の(に)さんは黙って静かにわたしたちの向かいの席に座っていて、食べることについては特に何も意に介していないようでした。

あちら側の人とこうして2日連続で会えると、なんとなく不思議な気分になりますな。

不思議な気分といえば……。

こないだ、旅先でたまたま入った喫茶店3つ。どれもすごくてびっくりしつづけたのでした。1軒目は、表に「日本一の喫茶店」と書いてあったので、なんでかなーと思って入ったらば。マスターのおじさんが、発明家というか研究家というか、すごい人でした。自分で考えてつくった、コーヒー豆を中に入れておけるスピーカーで、豆にモーツァルトを聞かせていて、それを挽いて淹れてくださるのだけど、これが体にするりと、抵抗感ゼロで入って行く、すごくおいしいお味で。20161211_111052 どんなに特別なお豆を使ってるんだろうと思ってきいたら、「豆?普通の豆だよ、Key Coffeeのトラジャ」とのこと! 

  あと、この喫茶店の場所は、東からのぼった太陽が鹿島神社の上を通過し、富士山の上を通過したあと、高千穂の上を通って西へ沈む前に通過するポイントだと教えてくださいました。おじさんは日本文化の始まりについて研究もしていて、論文も発表してらした……。今も研究は続いていて、そのために各地の郷土史を集めていらっしゃいました。地道な研究の仕方だなあと思った。

15326620_10211329626855355_29126577三河湾を見渡す景色もすばらしくて、いくつもの島と4つの半島が見渡せた。パノラマが広がる窓に向かってテーブルにつくと、ちょうど目の高さに水平線があって、それがまた心地よさの秘密だとのこと。あと、モーツァルトを「子宮で聴ける」椅子もあって、座ってみたら、これは確かに今までにない音楽体験でした。。。

20161211_110532 店内の内装も、全部おじさんが一から自分で手掛けたとのこと。でも手づくり感が前面に出るわけでもなく、空間全体はほどよくなじんでいて、センスがよいのでした。特にトイレがすてきでした。トイレの扉の取っ手は朱塗りのお椀。これは天皇陛下のいとこの結婚式の引き出物だったそう。そうとういい漆器なんではなかろうか。

テーブルも椅子も廃材からすべて手作り。この椅子がまた、シンプルなつくりなんだけど、座り心地がよかった。。そしてカウンター向こうの壁にたくさんしゃこ貝の貝殻がつけてあって、昼間だったからただの飾りかと思っていたら「あれはね、ライトなの」と言って、スイッチを入れてみせてくれました。20161211_110706

おじさんと話していると、どうも父と話している感じと似ているな、と思ったら、父と同い年でいらっしゃいました。しかしほんとうに元気はつらつで。お歳をうかがってびっくりしました。

2軒目は、喫茶店難民になりそうになって、寒い風の中歩いていて、ようやくあった喫茶店。全面窓ガラスで、窓辺の席でマスターが本を読んでいて、ほかにお客さんはいなかったので、「やってますか?はいれますか?」と聞くつもりで、「×?」「○?」と腕でジェスチャーしたら、すごく人懐こい感じで「おいでおいで」の手まねきをしてくださったので、入りました。

20161211_175431 店の外には「JAZZ」と書いてあり、黒が基調の内装で、渋そうな喫茶店だったのだけど、入ってみたらば。JAZZが流れていないばかりか、音楽などない無音空間。そしてマスターはコーヒーを出し終るとまた窓辺の席での読書に戻り……。カウンター席の上に大きなボードがさげてあるので、よく見たら、般若心経でした。

お会計の時にレジ脇に「役の行者」と書いた文字といくつかのグッズがショーウインドーに入ってるのに気づき、たずねてみると、そのショーウィンドーの照明スイッチをパチッと入れて、「実は自分は山伏で、3代目なんです、祖父の代から」と水を得た魚のように話し出されました。般若心経のボードも、修行の一環で自分で手彫りしたとのことで、ショーウィンドーの中はほら貝をはじめとしたさまざまな山伏グッズが陳列してありました。窓辺の席で読んでいた本も、修行に関する本だったのでした。

「人間わるいことはしちゃいけないね」と人懐こい笑顔でおっしゃるので「悪いことしちゃったんですか」と聞いたら、「そう、悪いことしちゃったの、それで今はこの道に入ったんだよね」と。お店を出る時には「いいご縁でした!」と言って見送られ、不思議な気持ちに。。

20161211_183336 3軒目は、ナマケモノのイラストがロゴになっている小さいカフェで、たたずまいとナマケモノの絵にピピッと来て入ったら、カウンター席だけの小ささなのに居心地の良さは200%な良質空間でした。豆はすべて自家焙煎。どんな感じが好みか言っていただければ、こちらでお選びしますよ、と若い女性のマスター。カウンターの前にはおもしろそうな本がずらーりとならんでいて、本の合間合間に30㎝四方くらいの穴が開いていて、お水や珈琲はそこから供されるのでした。

背後にも棚があって、選りすぐりの雑貨と、あと「100円文庫」というのがあって、古本を販売していました。100円文庫のラインナップもおもしろくて、地方のミニコミ誌みたいなのや(しかもこの近くの土地のものでないものばかり)、マニアックな本なども。なんと、以前から気になっていたミニコミ誌「野宿野郎」も1号から4号まであった!ので、もちろんいただいてきました。

この喫茶スロースというお店は、2階がギター教室だったのは気づいていたけれど、あとでホームページからブログをみたら、喫茶店の始まりのお話がおもしろかった。だんなさんがギター教室の先生で、教室の生徒さんがくつろげる喫茶スペースをつくりたいと言い出したらしかった。でも、奥さまである現在の女性マスターは、最初、猛反対していたのだとか。

つまり、彼女は「そもそも喫茶店を経営するなんて考えてもみなかったし、私にはまったく向いていないと思ったんです」だそうです。やる気はなかったけど、やってみたら、だんだんとおもしろくなっていた、ということのようでした。今は「・・・みんなカフェ、やってみるといいと思いますよ。こんなに嫌でしょうがなかった私でも、いまではとても楽しいですから」とのこと。この喫茶店も、内装からすべておふたりで手造りされていったみたいです(手探りですすめていった記録がブログに残されていました)。ほんとに、すごいとしか言いようがありません。

喫茶店てほんとうに、いいものですね。そして特に東海地方の喫茶店文化は、ディープです……。

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2016.11.19

湘南アルプス

昨日は朝目覚めたら、コンコン、ココンコン、と音がしていて。あれ、コゲラかなーと思って、窓の向こうを確認したら、やっぱりそうでした。この家へ来てからは、初めて見ました。木を打つときの独特のリズムがいいです。黒白のシマシマな羽根もかわいい。

20161118_151110 昨日は相方が珍しくお休みで、わたしも仕事用パソコンが修理に出されててお休みで、ならば、と近場の湘南アルプスへ散策に行きました。

でもこの日は「イージー&フレキシブル」をモットーにゆるく行くことにしたので、朝もねまきでもたもたして、出発は12時を回り、大磯についたらまずはお昼ごはんだーということで、いきなり山を背にして海のほうへ。大磯港ではおばさんがしらすをたくさんならべて干していて、通りすがりのわれわれに「つまんでく?」と。20161118_131702 陽気な感じの土地柄にほっとして、ねこもいるし、港というのはいいねえと言いながらその先の食堂へ行ってみたらば、3種類のお魚がそれぞれ違うおかずになっているものすごい定食が出てきてびっくりして。。。そのうちの1種類、揚げししゃもは食べきれずにホイルに包んでもらって、それをおやつに持って山へ登りました。魚の丸揚げをホイルにつつんで、それを持って山歩きをするのは、原風景な気がした。。なんでだろう。

20161118_151526_2 海を見はるかす山道がとくに好きです。木々の間からちらち、光る海が見えてよい。。紅葉はまだかなーというふうだったけど、落葉広葉樹がたくさん生えている一帯は、地面が落ち場のじゅうたんで、踏むとサクサクと音がして楽しかった。庭とかだと落ち葉は掃かないといけない感じがするけど、落ち葉はやっぱりこんなふうにつもっているのがいいなと思う。

汗だくになって湘南平まで登ってみたら、意外にもそこはぐんと開けた場所で、展望台とおしゃれなレストランまであって、見たら逆側からは車で上がってこれたのだった。ここからさらに尾根づたいにつぎの山頂まで行こうと思ってたけど、まずは展望台に昇ってみた。20161118_154457 20161118_154421 そしたら階段を昇っていくと、その先に人間にはとうてい上がれない階段が空中へと続いていて、おお、と思った。。。20161118_154510

展望台のレストランはとっても眺めがよかったので、思わずコーヒーを飲みに入りました。そしたら「いつか珈琲」という平塚の珈琲屋さんの焙煎した豆の珈琲がでてきて、これがおいしかった!ハエが1匹舞い込んできて、かつては写真をやっていた、というシェフのいでたちの、かわいい感じの店員のおじさんが、大きな虫取り網を出してきてハエをおいかけはじめたのがおちゃめでした。つかまえては逃してしまうので、虫取り網よりもプリンカップとハガキがいいですよ、と教えてあげました。。そんなしてついのんびりしていたら、夕日が山むこうに沈んでしまって。まだ薄明かりのなかで下山できるかな、と思いつつ、今日は「ゆる山」にしたので、ヘッデンも持ってきてなくて、ちょっと不安でした。

そしたら珈琲のお会計をするときにカウンターのとこに「平塚行きバスの時刻表」が手書きされていて、なんと5分後に最終バスがこのすぐ下から出るとのこと。思わずバスに飛び乗り、ものすごくお手軽に下山してしまいました。

平塚駅前のおおーきな商店街は、以前何度か来てわれわれ2人とも大のお気に入り。なので、バスが駅につく手前で降りて、商店街を歩きました。ここには古い大きな金物やさんがあって、まずそこへ。店内はやや荒れ気味な一帯もあるんだけど、店員のおばさんは昔ながらのブルーのうわっぱりをきていて、由緒正しい感じなのでした。ここでなべぶたを相方が衝動買い。ちかくにもうひとつあるキッチン用品店もひやかし、そこで今度はミルクパンに一目ぼれ。特価だったので連れ帰り。。。ハイキングに出かけたはずなのになんで鍋ぶたや鍋を買って帰ってるんだろうと思った。

相方とは、おつきあいをする前から、なんだかこういうようなことがちょいちょいあった、と思い出します。一緒に喫茶店にお茶を飲みに行ったら、元押し入れだったとおぼしきところに大きな水槽が置かれていて熱帯魚が泳いでいて、そのそばでなぜか雑多な不用品も販売されていて、思わず赤い靴とオレンジの魔法瓶を衝動買い。お会計を別々にするときに「ケーキセットと靴です」とかって言ってる自分が可笑しかったこととか。

このとこ2人とも神経的に疲れてたのだけど、だいぶんゆるみました。やっぱり山はいい。海はいい。行きの電車の中から、「ここもいい感じの山だけど、登れるのかなあ」と思った低山が、そのまま自分たちが目指していた湘南アルプスだったことが後でわかったときはうれしかった。上にのぼったとき、はるか下をおもちゃみたいに走る電車をながめて愉快でした。

20161118_145339 住宅街からほんのちょっと先に、こういうところがある、というのは、感慨深いというか、なんというか。ありがたいです。

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2016.11.11

旅とグリーンウッドワーク

急に寒くなってきて、にゃみちゃんの命日に毎年吊り始めるバードフィーダーに、今朝は「補充まだですかー」と催促するかのようなシジュウカラの声がきこえて、あわてて補充しました。

いつも近所のペットショップのおじさんのところで売っている、ビニール袋一杯に入ったひまわりの種を買って、フィーダーに入れています。これをシジュウカラはじょうずに殻を割って食べるので、見ていて楽しいです。

少し前まで、また岐阜へ行っていました。グリーンウッドワークのお勉強と、相方との小旅行が合体した、いつもよりちょっと長い滞在になりました。

Dsc01260 お世話になったおうちは窓を開けると鮎が跳び跳ねるあおい川面がすぐそこという、パラダイスのようなところ。夏場はここで泳げるそう。お隣のおばあちゃんから、鮎が数尾跳ねるときにはその下に2、3千尾いるんだよ、と教わり、びっくりしました(あれ、もしかしたら2,3万だったかも!記憶がおぼつかない。。)。

朝、太陽がふりそそぐお外のもの干し場所にテントのグランドシートを敷いて、ちょっとだけ太陽礼拝をしました(太陽礼拝は8月下旬から毎朝欠かさずやっていたのだけど、さすがに岐阜への夜行バスを降りた朝はできず、残念だったので、人のおうちにお世話になっているときだったけどちょっと失礼してやらせてもらいました)。

ひとしきり動いてから、あお向けに横になって青空を見上げながら休んでいたら、もの干しのとこにヤマガラが飛んできました。「あ、ヤマガラだなあ」と思ってそのまま休んでいたら、ふっとそのヤマガラがこちらのほうへ飛んできて、わたしの顔の数メートル上の空中で数秒静止しつつ羽ばたいて、それから左手の大木のほうへ飛んでいきました。あんなこと小鳥にされたの、初めて。朝のあいさつをしてくれたみたいな気がして、うれしかった。。

Dsc01292川べりではハクセキレイが何羽も飛び交っていて、かわいかった。

あと、おもしろかったのは、家にあがりこんできたカメムシ。川べりのおうちなので、季節になるとたくさんのカメムシがあがりこんできたがるそうなんだけど、もう秋も深まって、ほんの数匹がやってきていました。で、見つけたら、とりあえずうちわに乗ってもらって、お外へ運んだのだけど、その中で1匹、すごくおもしろいのがいました。うちわをそばへ敷いて、はいここへどうぞ、と言っただけなのに、すぐさまたたみの上でひっくりかえって足をバタバタさせるんですね。で、見てるとまたばっとひっくりかえって元の向きになって。そしてまたばっとひっくりかえって仰向きになってみせる。。。なんか、これ、遊んでいるのか?と思いました。カメムシは危険を感じると臭いにおいをだすそうだけど、臭いにおいは出していなかったし。。。この個体のこの行動は謎でした。でも最終的にはうちわに乗ってもらって外へお見送りしました。

この川べりのおうちでの時間はとても幸せでした。その環境だけでなく、(ほ)さんの使っている生活道具やそのしつらえがどれも美しくて、心たのしくなる。。。(ほ)さんはグリーンウッドワークのお仲間なのだけれど、グリーンウッドワークのほかにも陶芸や鍛金などもされていて、そうやって手づくりされたものたちが、(ほ)さんに一目ぼれされてやってきた、厳選されたものたちと一緒に、日々活躍しているのでした。

鍛金ってはじめて聞いた言葉だったのだけど、銅を打って形にしていくもので、すごく美しかった。銅の色がとりわけ好きなので、銅のボウルを見せていただいたときは舞い上がってしまいました。

そして先日海辺のキャンプ場で出会ったおばさんの娘さんが昭和村のからむし織を継いでいてびっくりしたわけだけど、なんと(ほ)さんは数年前に昭和村でからむしの収穫と糸作り体験をされていて!またしてもびっくりしました。。。

Dsc01279 そんなこんなで、おうちの中でもさまざまにおもしろく幸せだったのに、さらに、いつか行ってみたいと思っていた岐阜の奥地・石徹白にも連れて行ってもらえて、その道中で(ほ)さんのなじみの(?)滝にも連れて行ってもらえました。先日の海辺のキャンプ場でも管理人のおじさんに「海が好きなんですか?」と聞いたら「滝が好き!」と言われて、それがすごく印象に残ってたのだけど、なんと(ほ)さんも地図上で滝があるのがわかると行きたくなってしまうほどの「滝好き」だったのでした。わたし自身は滝は自分の生活圏の外にあってなじんでない感じがあったのだけど、行ってみたら、なるほど、滝の味わいは独特だと感じました。水しぶきの形、それがフリーフォールで落ちていくさまは、まるで時間が止まってるみたいなのに、流れは永遠に止まることがないという事実。。。

Dsc01272 滝のすぐ横が洞窟状になっていてそこに入ると天井から水がつーと滴っていたのも不思議な光景でした。滝にはどうも主がいるような感じがするけど、ここもやっぱりほのかにそんな感じがした。大好きな桂の大木もあって、甘いおしょうゆ風味の香りがした。

きわめつけにびっくりしたのは、関東に帰ってからフェイスブックを見たら、私が見たのとちょうどおんなじ景色を(け)さんが投稿してたことで。。一瞬「あれ?わたしこの写真もうアップしたっけ?」と思いました。。。関東に住む者同士なのに、同じタイミング(1日ちがいでした!)に岐阜・白鳥の滝に居たこと、摩訶不思議でした。

* * *

そんなこんなでいつになくたくさんの刺激をいただけた今回の岐阜行き。。。お世話になったみなさま、ほんとにありがとうございました…!

20161103_103151 グリーンウッドワークでは幸運なことに木の器づくりを2通りのやり方で教われました。足踏みろくろで器を挽くのは初体験。ろうきん森の学校の講座で、グリーンウッドワーク協会の小野さんに教わりました。グリーンウッドワーク協会でお世話をしている白鳥の森で育ったブナの木を挽かせてもらえました。微妙な刃の当て具合の感覚がつかめるまでいかないまま終わってしまったのだけど、難しいんだなあということが実感できてよかった。

20161103_145812 20161103_163110 20161103_154733木造の小さい駅みたいなお外の工房で、コスモスと長良川鉄道の線路をながめつつ1日ろくろを踏んでいるのは、すごく気持ちいい時間でした。ほぼ同じ状態からスタートしたけど、3人3様の器になっておもしろかった。ちょっとしたシルエットの違いで印象がだいぶん変わるんだな!

Dsc01285後でわかったのだけど、わたしの(小野さんに全面的にヘルプしていただいてできあがった)器は、なんと、野営やピクニックでよく使っているコラプシブルなふた付き器とぴったり重なるサイズでした☆ うれしいサプライズでした。

そしてもう1つ、銑やノミで削る(刳る)やり方の器のほうは、森林文化アカデミーのグリーンウッドワーク指導者養成講座で、森林文化アカデミーの久津輪さんと、グリーンウッドワーク研究所の加藤さんに教わりました。

20161106_102708アイヌの方たちがつくってきたニマという器をヒントにした小鉢と、平皿と、2つから選んで取り組みました。小鉢は少し縁周りに樹皮を残すのがニマ風みたいです。森林文化アカデミーの裏山に生える、カラスザンショウという山椒に似た木の小径木を削らせてもらいました。

14980670_1173916942697260_773955251 20161106_115833 Dsc01351皮の近くと芯の近くとで材の色がちがっていて、バニラとココアみたいなツートンカラーになった。かわいい。。。カラスザンショウの生木はとても削りやすくて、削っていると我を忘れるのはいつものことだけど、彫り進めていくのが楽しかった!小さいコップになりました。

Dsc01338_2 この日は材が3種類あって、しかもみんなそれぞれのデザインでつくっていったので、平皿(角皿や楕円皿)、深鉢、小物入れ、キャッシュトレイなど、ほんとにさまざまなものがさまざまな質感でできあがって興味津々でした。

2通りやってみて、自分はどうも挽くよりも削る(刳る)ほうが性に合っているのかも、と思った。ろくろで挽くのは、とても精密な形に仕上げることができるところに良さがありそうだけど、足でひと踏みした時にろくろがびゅんと回る「速さ」の部分に、自分はどうもついていききれてないような感じがあって。削る場合は、ひと削りずつ、ゆっくりやれる感覚があって。体内スピードの速い人はきっとろくろとペースが合うんじゃなかろうか、と想像しました。でも道具のスピードと自分のスピードとの相性は、慣れや訓練で変わるものだろかな? まだ結論を出すのは早いかと思うので、また機会を見つけてやってみたいです。

しかし将来的(?)に足踏みろくろと、ろくろ用の刃ものを自作するのは、なかなかおおがかりなことだよなー無理だよね。。。と思う。と同時に、ああこれは、椅子づくりの道具としてパイプクランプが出てきたときに「こりゃだめだ、こんなのは自分の手に余る。。。」と思ったのと似てる、と思ったりもしています。

自分には無理、と思うのが、いつでもデフォルトだけど。。。これからどんなプロセスが展開するかはわからないもんだーと、ほんとはそう思っていたらいいのだろうな、と客観的には思う。

* * *

Dsc01335森林文化アカデミーでの器づくり講座では、今回お昼休みの時間にみんなでグリーンウッドワーク協会の竹部会の展覧会を見に行こうということになって、おかげさまで行くことができました☆竹細工は、日本のグリーンウッドワークだし、やっぱりとても惹かれます。

Dsc01317_2 展示は、竹部会の皆さんがつくられた作品と、美濃市の民俗資料調査事業で集められた民具で構成されていて、とっても興味深かった。。何に使われていたのか確実にはわかっていない、このピーナツ型の道具は、左右で深さが異なっていました。編みのすきまもセクションによって異なっていて、とても美しかったな。

Dsc01331 竹のざるのふちまわりをよくみると、裂いた竹ひごのふしがきれいに斜めになっていて、これはわざとこのようにずらすのかな?と思ったら、近くにいた竹部会の方が説明に来てくださって、ふちまわりを湾曲させていくうちに自ずと最後のほうではこのように少しずつずれていく、と教えてくださいました。最初のところは、ひごは裂かれていなくて、少し行ったところから裂かれていました。なるほど、必然的にこんなふうに美しくなるんですね。。

20161106_211325_2 この方がつくられたという竹かごを、1つ購入させていただいてきました。皮つきの竹で編んだ、かろやかで丈夫なかごです。すごくうれしかった!(竹細工展は美濃市うだつの上がる町なみで11/13日まで。詳しくはこちら

* * *

Dsc01315 今回の岐阜行きでは、相方が1日早く帰って、最後の夜は野営しました(許可を取って泊まりました)。それというのは、去年から森林文化アカデミーでのグリーンウッドワーク指導者養成講座にとびとびで参加してきて、今回が自分にとっては一応最終回だったから。。。去年の1回目のときに野営したので、初心に帰る、という意味でも、お世話になってきた岐阜のこの地の地面の上で眠りたかったのでした。(2回目以降からは、毎回違う宿にお世話になりました、どこもそれぞれに味わいがあって、岐阜のいろんなところへ行くこともできて、とてもよかったです☆)

ただ、11月の野営は自分も初めてのことで、寒さがだいじょぶだろうか、とちょっと心配でした。装備も移動があるのであまり大荷物にはできないため、ミニマルにまとめないといけなくて、あったかグッズを優先して、食材は軽めに。

ところが心配してたほど気温が下がらなくて、日が沈んだ後にテントを設営したのに汗ばむほど。眠るときも、着こみすぎて暑すぎて眠りにくいほどで、寝袋の中で履いていたぶあついウールの靴下を脱いだらやっと眠れました。

蒼い空に木々の黒いシルエットと細い上弦の月がきれいでした。星空も。入口を開けたまま少し寝て、途中で閉めて朝まで。イノシシやサルがいるよと地元の人に聞いてたのだけど、生き物の気配がぜんぜんしなかった。枯れ葉がおっこちてくる音がするだけでした。

翌朝は山の向こうに朝日がのぼってしばらく影になってたけど、山の上に太陽が出たらぽかぽかになって、気持ちのいい朝でした。オートミールとドライフルーツを茹でて朝ごはんを食べて、コーヒーを淹れて。お昼のお弁当に、干し飯を戻してお弁当箱に詰めて、おかずに干し野菜を戻して、そこに茹で豆ミックスを混ぜてサラダをつくりました。

テントを撤収してグランドシートをかわかしたりしてたら、あっという間に講座の始まる時間が近づいてあわてて向かいました。

ゆっくり朝を過ごせたら、なお楽しかったろうなあ。。。秋の野営の気持ちよさに開眼しつつあります。空気も光も透き通っているし、今回はしなかったけど焚火の暖かさがほんとにうれしいのもこの季節から、とつくづく思うし。。。

仕事をちゃちゃっとやる術を身に付けて、野山にもっと出たいな。。。!

* * *

20161108_113623 あ、今回の旅のもひとつのサプライズ。。 相方とレンタル自転車で走っていたとき目に付いた古道具屋さんの店先で、理想のフライパンに出会ってしまいました。ステンレス製で、小さめで、薄くて、軽い。「無料でお持ちください」と札が立ててあった箱に雑多に入っていたのの1つで、うれしくいただきました。

はだかで持ち歩いていて、「これ持って温泉にいくのかーわたし。。」と思っていたら、美濃市駅の駅員のお姉さんが「ちょっと待って!」と言ってちょうどいいサイズの丈夫な袋をくださいました。ありがとう、お姉さん!(彼女はお母様がこちらの生まれなのでこちらに来た、と言ってたけれど、ご自身はうちの近くのお生まれだったので、それもびっくり)。

このフライパン、帰宅してからリサーチしたら、千趣会というところが昔頒布会形式で販売していた製菓道具シリーズの1つで、ほんとうはクレープパンでした。ヘラもあったので、それもセットでもらってきつつ、このヘラとフライパンはどうもセットではないようだ、と思っていたのだけど、実はクレープを焼くときこのヘラを使うんだったのでした。

野営やピクニック用に、軽い鉄製(アルミやテフロン加工、鋳鉄ではなく)のフライパンがずっと欲しいと思ってたのだけど、今回のはサイズも形も質感も思い描いていたとおりのもので、びっくりしました。。。思い描いていると現実化するって、ほんとだなあと(規模小さいけど)思いました :)

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2016.10.28

深夜の海

20161027_071740 今月初め、富士山のふもとの湖で(み)ちゃん、(ゆ)ちゃんとパドボ&カヤックキャンプしたばかりなのに。。。(or だから?)。。。ここしばらくどうも調子がいつもと違っていて、だいじょうぶか自分、というふうではあったのだけど、とうとうあまりにお天気がよくなったおととい朝、思い立って気になっていた海辺のキャンプ場に電話をして、おじさんに「どうぞ、おまちしてます」といわれ、すぐさまにもつをまとめて行ってしまいました。。。

20161027_071103 季節がら貸し切り状態で、夜はおじさんも帰って、岬の端の地をひとりじめ。浜に落ちていた長い枯れ枝を2本拾って、明るいうちから焚火をたいてごはんをつくって早めに食べました。

20161026_172422_2 家にあったもので適当メニューです。アンショビとニンニクと干し野菜のパスタ風ふしそうめん(ふしそうめんというのは、手延べそうめんを干すとき竿にかける部分のそうめんで、ここが一番おいしいのだそう)。干し野菜のスープ。じゃがいものホイル焼き(熾き火の中につっこんでおくだけ、やけたら十字に切れ目を入れて、お塩とニンニクで香り付けしたアンチョビのオイルをちょびっと)。

20161026_174132じゃがいものホイル焼き、おいしかった。デザートにみかんをたべて、みかんの皮で行燈をつくって、灯りの足しにしました。

20161026_184748 みかん行燈は、みかんの皮を上下半分に切って、下側のほうに、アンチョビの缶詰のオイルの残りを注いで、まん中の白いみかんの筋に火をつけたら灯ったのだけど、点いたと思ったら消えてしまうので、2センチくらいに切った麻ひもを芯として使ったら、長く灯りました。かなり長持ちした。風で消えそうになるので、アンチョビの空き缶の中にセットして、缶のフタを風よけがわりにしたら、このフタのとこに明かりが反射して、2倍明るくなりました!

20161027_090240みかん行燈、燃え尽きた後はこんな(写真→)。慌てて荷造りしたので、キャンドルランタン用のティーライトキャンドルを1つしか持ってこなかったので、みかん行燈がいい具合でよかったです。でも考えてみたら、みかん入れなくても、アンチョビの空き缶そのものに麻ひも入れたら行燈になったか。。。でもみかんの黄色が映えてかわいかったのでいいか :)

20161027_081310 焚火は直火禁止だったので、久々にソロストーブを持参しました(このキャンプ場は薪の販売をしてないのと、今日はキャンプ場の入口から120段の急な階段を荷降ろしするためのモノレールが壊れているとのことだったので、荷物の軽量化のため、大きい焚火台はNGでした)。家の火鉢用の楢の炭をひとつかみだけ持っていったので、海辺の湿気のある枯れ枝だったけど大丈夫でした。着火には、ロウに短い麻ひもを浸してつくった自作火口(これは前につくったのが缶にセットしてあったので)を。長い枯れ枝の先っぽからぽきぽき折っていって薪にしました。太い枝の部分(直径2、3cm)はナイフで切れ込みを入れて短く折っていきつつ、ときどきフェザースティックの練習などもしてみた。

20161026_185938 2本拾った長い枯れ枝の1本は夜間のランタンスタンドにして(&明日の薪にとっておいて)、もう1本を薪として使い果たして、ちょうどごはんの支度し始めから4時間ほど、焚火(&炭火)にあたっていました。

だからだったのか、すっかり温まって(というか、この日はあったかかったからなのか?)、ぜんぜん寒くないのでテントの入口を開け放って星を眺めながら眠りにつきました。ぐーっと地面に全身が吸い込まれていくあの心地よい感覚が来て。。。しあわせでした。

顔にパラついた雨で目を覚まして、テントの入口を閉めてまた寝て、深夜また目ざめて、6年前のこの日のこの時間に他界したねこのにゃみちゃんのことを思い出してしばらく起きていました。雨が止んでたので、また入口を開けて深夜の海を眺めていたら、意外にも深夜3時くらいの海の上は活発に何艘も船が行き交っていた。まるで灯台かと思うほど強力な灯を放っているすごく大きな船もあったり。深夜の海のこの活発さは、深海の生き物を水族館で見たときと同じように、なぜか深く心に残っています。自分の知らないところ、ふだん意識の届かないところで、こうしてちゃんと活動してくれている存在がある、ということが、ぐっとくる。

下弦の月が幻想的な色をして低い位置にあったのが、木の葉ごしに見えたときは、最初は月の形に見えなくて、まじめにUFOかと思ってしばらく息を飲んで見守ってしまった。。。

20161027_052942 朝日が昇ったのは角度的に崖の向こう側だったので、こちらの湾からは朝やけだけが見えたけれど、きれいでした。朝やけと、高い位置に移動して白い色になった下弦の月。お外で寝るのは、この朝を感じたいから、というのも大きいです。生き物が活発に動き出すのも感じられて、おもしろい。朝には大きなバッタがテントとフライシートの間にやってきて、じっとしていた。フナムシは進んだりとまったりを独特のリズムで忙しくしていて。フナムシはこれまでちょっと苦手だったけど、すっかり親近感が湧きました。昨夜もアンチョビの缶詰行燈のとこにそろっと顔を出したしぐさがかわいかった。

20161027_080825 20161027_081651 20161027_082955顔を洗って、ここの人が浜に手造りしたというウッドデッキをちょっとだけお借りして、太陽礼拝をしました。それからまた火をおこして、朝ごはん。今朝は近くで折れて枯れてたススキの穂を火口にしてみた。オートミールひとつかみに、ドライフルーツとくるみと塩を適当に入れて混ぜて持ってきたので、お水を入れてちょっと煮ます。

20161027_085737 マヤナッツショコラテも、1回分だけピルケースに入れて持ってきたので、スキムミルクと混ぜていただきました。マヤナッツショコラテは、マヤナッツもおいしいうえに、この粒状のカカオ部分がたまりません☆ このカカオもグアテマラ産のはず。とってもナイスなブレンドで、大好きです。

しばらくしたらキャンプ場のおじさんが出勤してきて、ひとしきりおしゃべりしつつ撤収作業。おじさんは自分の目は2つだけど、この目は70億分の1しか世界を見てないんだなあ、とおっしゃって。なんだかびっくりした。そして人と交流して、新しいことを学ぶのがいい、とおっしゃっていました。そうこうしてたら、おばさんの2人連れが崖の上からの急な階段を降りてやってきて、おじさんの友だちの地元の方だそうで、「あしたばを採りに来た」と。で、ついでにわたしもあしたば採りに混ぜてもらって、いいあしたばの見分け方と、持ち帰るときのコツ、持って帰った後の処理のコツを教わり、「葉っぱの部分は天ぷらにするのがおいしいの、茎はきんぴら」と言われたので、その晩に葉っぱを天ぷらにしました。おいしかった。。。!

おばさんの1人は77歳で現役のフラの先生で、テレビ朝日のお天気おにいさんを息子さんがやっているそうで、もうおひとりは、娘さんが会津の昭和村でからむし織をやっていると。なんと、わたしも何年も前に目にして気を惹かれたことがあった、昭和村でからむし織をおばあちゃんたちから教わる織姫制度に応募をして、受かって、2年学んでからそのまま昭和村で暮らしているのだそう。帰宅してググってみたら、娘さんのインタビュー記事が出てきた。今ではからむし織の工房兼カフェをやってらっしゃいました。いつか行ってみたいな。おばさんのもうおひとりの娘さんは美大で銀細工を学んでからスペインへ移住しちゃったそう。そんなおばさんの(さ)さんは、おしゃべりしながら、ちかくに生えてたススキの穂を束ねて丸めて「ほら、ふくろう」といって見せてくれて、あとはどんぐりのぼうしで目をつけるんだよ、と教えてくれました(写真は完成前の、途中のふくろう)。

20161027_114024

 

 

 

もうおひとりのおばさんの(よ)さんも、息子さんの写真をスマホで見せてくれるついでに、たくさん、まるい石にふくろうを描いたものがうつった写真を出てきたのでそれも見せてくれて、「これわたしが描いたの、石にふくろうを描くのが、すきなの」とおっしゃっていた。どれもユニークな顔をしたふくろうで、聞くとここらへんの石ではだめで、ふくろう用の石は小田原の○○浜のものが一番だからそこのを拾いに行く、とのこと。そして石を手にすると、「ここに目を描いて」と石が言ってくるから、そのままを描くのだそうです。

(ふくろうづいていたな。。。と後で思ったけれど、そういえば、今日の今日でこの初めて行くキャンプ場に行ってみるのはどうなのかな?と行く前に動物のカードに相談してみたとき、ふくろうのカードが出てたのだった!)

キャンプ場のおじさんの(ふ)さんは、地元の人じゃなく九州の人だと言っていた。アウトドアが好きなわけじゃないから、よくわからなくて、ここへくるキャンパーにいろいろ教わっている、とのこと。「海が好きなんですか?」と聞いたら即座に「いや、滝が好きだね!滝はほら、1つも同じのがないでしょう!」と、この方もほんとに気さくで、そして興味深い方でした。トランペットとピアノをやっているそうで、どうやらここで管理人をしているのも、ここなら周りに集落もないし、波音もするしで、気がねなくトランペットを吹けるからみたい。でも人に聴かせるために吹くのじゃないから、とおっしゃっていたのが、また興味深かった。

20161027_080531キャンプ場は、波打ち際まで徒歩30秒。岬のはしっこで、夜には交通はゼロになるので、とても静か(といっても波音はぜんぜん静かじゃなくて、迫力あるけど)。すごくいいとこでした。。。別れのごあいさつをして去ろうとしたら、おばさんの(さ)さんが「あ、ちょっと待って」と言って、手のひらいっぱいに、いろんな種類の飴を持たせてくれました。別れ際におばさんに飴玉をもらうって、なんというか、なにかの原型のように感じらた。。。

(ふ)さん、(さ)さん、(よ)さん、それからもうおひとり、キャンプ場の整備をもくもくとやっておられたおじさん、お世話になました、ありがとうございました。

たぶん電車で行けるキャンプ場としては、うちから一番近い。。。電車移動も楽で、なにより大好きな魚付き林を抜けて走っていくバスも最高で、ここにキャンプ場が出来て相当うれしいです。次回はキャンプ場をベースに、魚付き林の中をハイキングしたいな! 樹齢のものすごく高い楠や松がいっぱいの森なのです。

* * *

今回急に思い立ったのと、キャンプ場のモノレールが使えないのとで、最小限のギアで行った(つもり)けれど、使わなかったものもあった。行くたびに、だんだんと、自分にとって必要なものが何かが把握しやすくなっていくのかな。。。しかしやっぱり自分は荷物が多めだなあー!と思うけれど。けどそこらんのことも、少しずつ経験を重ねていくこと、楽しいです。

20161027_135629 今回の荷物はこんな感じ。リュックにもなる布製スーツケースを、キャリーにつけて、電車とバスでの移動はキャリーで転がし、キャンプ場の階段を下りてくときはキャリーを外してリュックにして行きました。このキャリーは、イギリスに椅子づくりに行くとき、帰りに椅子を持って帰る関係で、荷物の工夫をしなくちゃならなくて、どうしようか考えた末に、ちょっと高かったけどえいっと入手したミニカートGo Easyというもの。頑丈だし、転がりもスムーズで音も静かだし、なによりコンパクトになってかばんに入れられるし、かなり重宝しています。かばん自体にキャスターが付いているものは背負いにくいので、キャスターが外せるのはポイント高いです。

荷物の中身も、次回のために記録しておこう。。。

住まい関係:テント(グランドシートつき)とオールウェザーブランケット(テントの中に敷きつめた)。予備の張り綱とカラビナ数個(いつもセットにしてあるもの)。ロールアップ式ピクニックシート(裏側が銀マットになってる)。座椅子の元(スリーピングマットをはめると座椅子になる)。折りたたみポケット座布団。

寝袋、寝袋カバー、スリーピングマット(インフレータブルの短めのもの、足先の足りない部分はかばんを敷いた)。20161027_161405ダウンのひざ掛け(使わなかった)。わけあって800円(!)で譲ってもらったサーマレストのテックブランケット(今回は寒くなかったから枕にした)。

20161027_171731 明かり類:LEDランタン(懐中電灯にもなるタイプ、ランタンは暖色系の明かりになるように以前改造)、フォレストヒルのキャンドルランタン(そんなに明るくないけどお気に入り)、ヘッドランプ。

20161027_171924 焚火用具:ソロストーブ、竹の火ばさみ、ファイヤースチール、自作の火口セット(チャークロスとロウびき麻ひも)、スライドガストーチ、軍手、アルミホイル。写真撮りそびれたけど、楢炭ひとつかみ。ガスカートリッジとミニバーナーはバックアップで持参したけど、必要なかった。

20161027_171746 調理道具:自作ロールアップトレイ/テーブル、パイン材まな板、プラティパス水筒、ホットドリンクが入ってた空きペットボトル(水筒として使った後、夜寝るときは湯たんぽにした)、コフランのフォールドカップ、シェラカップ、コッヘル。写真に写ってないけど、MORAのコンパニオンナイフを料理にも、木工にも、薪づくりにも使っています。あと、写真にないけど普段持ち歩いてるTIGERのミニ保温水筒。

20161027_161621 調味料・飲料とカトラリー:ウィンドファームのドリップコーヒー(おいしい♡)、マヤナッツパウダー、自作の桜のフォークとスプーン、ニンニクチップ、しょうゆ、塩。ピルケースに入ってるのはシナモン、胡椒、マヤナッツショコラテ、スキムミルク。あとウェットティッシュ。小さいゴミ袋。この辺のものはいつもこの竹皮の入れ物に入れて持っていきます。20161027_161634 この竹皮の箱は、華奢で軽いけど、思ったよりしっかりしていて、これまで何年も野営やハイキングのお供にいつも連れていってるけど、壊れてない。すごいです。調理中は、蓋をあけた状態で並べておけば、物のちょっと置き場になるので便利です。

20161027_172605 食材:ふしそうめん、干し野菜ミックス(常備してある中から小袋1つ)、ニンニクチップ、アンチョビ缶詰、じゃがいも、紅玉りんご、みかん。あと写真撮りそびれたけど、朝食にオートミールミックス。食材と生ゴミ(燃やせなかった分)は現地では分厚めの、おそらく匂いをシャットアウトできる防水袋に入れていました。動物のみなさんを刺激しないように。。。

20161027_173031 雨具:今回雨の予報はなかったので、野良仕事用のヤッケだけ持参(使わなかったけど)。いつものレインウェア上下よりずっと軽くて小さかった。あと、ザックカバー(使わなかった)。

着替え:夜寝るときの暖かTシャツ&スパッツ、ダウンセーター&ダウンパンツ&ダウンスカート(どれも暑くて使わなかった)、上着のネルシャツ(フードつき)、毛糸の靴下。帰り道に着るための(焚火のにおいのしない)シャツ。

トイレタリーセット(いつも持ち歩いてるもの)、歯ブラシ、てぬぐい3枚(2枚で足りた)。

薬・ファーストエイド類(いつも持ち歩いてるもの、レスキューレメディ、レスキュークリーム、フラワーエッセンス、ばんそうこう、マダニ取り具など)。

20161018_210501 あと、編みかけの靴下と削りかけのスプーンも持参したけど、どちらもやらなかった。。。

野営って、ひとりでいても、意外と手持ち無沙汰にはならないみたい、自分の場合。まわりの場を受け取り続けているようなところがあって。なにか感覚が研ぎ澄まされているような? 音をとても良く聞いています。

野生動物のみなさんは、いつもこんなふうにして夜を越えて朝を迎えているんだなあ、と、ちょっとだけその感じがわかるような。。。

そうそれと今回実感したのは、テントの入口を閉めてしまって、外の様子がうかがえなくなるよりも、入口が開いているほうが安心感がある、ということでした。深夜、低いエンジン音が長く続いたときがあって、どこから鳴ってるのかわからなかったときはちょっと不安になったのだけど、入口を開け放して外が見えたら、沖の大きな船だとすぐにわかって、そしたら不安はぱっと消えました。入口を開けとくのは無防備のように思えるし、まわりをシャットアウトしてこもるほうが安心感がありそうに思うのだけど、でもまわりをうかがえたほうが逆に安心するのだな。。

20161026_183743 そして焚火を焚いていると、やっぱり安心する。まだ蚊も少しいて(でも虫よけを忘れたので)、焚火はまず虫よけになるのだけど、でもそれだけでない安心感が火にはある気がします。ガスバーナーでなく、炎があると、違うのは、なんでだろう。

(ただ焚火はガスバーナーと違って、風でまわりに火の粉が飛んだときの注意はしてないといけないですね、枯れ草、枯れ葉、テントのフライシートなどなど。。。事前によけておいたり、常にたっぷりの水をスタンバイしたり)。

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2016.02.08

グリーンウッドワークの椅子づくり・岐阜編

20160208_141715_2 1月の上旬の3日間、そして昨日までの2日間と、岐阜のエゴノキの生木で、オール手道具で椅子をつくる、グリーンウッドワーク指導者養成講座に参加させてもらっていました。そして昨日の夜、ついに椅子は(一応)完成しました!

今回の椅子は、森林文化アカデミーの久津輪さんとグリーンウッドワーク研究所の加藤さんによるオリジナルデザインのもの。軽量ですらっとした椅子になりました☆

20160208_081850 イギリスへグリーンウッドワークの椅子づくりをしにいった1年半前と、ちょうど同じように、できたてほやほやの椅子をプチプチでぐるぐる巻きにして、持ち帰って来ました。夜行バスのトランクに載せて、早朝のローカル線の電車に載せて。。。さきほど家に到着。

ほっとして、マヤナッツを一杯飲みつつ、朝のことりたちが「猫の額庭」に集っているのを見ています。今日から仕事に戻らなくちゃ、なスケジュールなのだけど、もう少したってからにすることにする。。。

20160109_09453920160206_120219_220160110_105254先月の前半の3日間は、丸太を割って部材に削るまでをしたのだけ れど、毎晩おふとんの中で腕がパンパン、ジンジンするのをこらえながら眠るくらいの作業量。でもそうやって過ごした2日目の晩、お風呂のあとバタンとベッドによこになったときに、幸せ感に包まれました。こうしてひがな木を割ったり削ったりして過ごすことのよろこびがわーっとやってきた。。。

前半を終えていったん帰宅してからは、後半が楽しみで仕方ありませんでした。

  20160207_071314 そして迎えた昨日までの後半部は。。。初日の朝、見晴らしのいい雑木林の一角で、小鳥たち(ヤマガラ)のさえずりと羽ばたきの音、それに木の実をコンコンコンと枝に打ち付ける音につつまれて過ごした数分以外は、とにかくずううっと急いでいたし、焦っていたしで。。。ほんとうに大変ハードな日々でした。

20160207_10262320160207_093113 やっぱり椅子づくりは大変だなあ!と思い(出し)ました。イギリスで も、自分ひとりだけ完成しないかもしれないと本気で思ったし、トイレで密かに泣いたこともあったのでした。しかも、そのイギリスでの6日間にくらべても、今回の5日間(とくにラスト2日)はさらにきつかった。。。

でも完成は、したのでした。大変だなあ!というのと同時に、でき20160207_171921ちゃうんだなあ!という驚きが。。。もちろん、指導してくださる方々、助けてくださるお仲間のもとで、なんとかぎりぎりできた、という感じだけれども。

木工の素養のある参加者の方(木工教室に通っているとか、木工教室を主宰しているとか、木育関係の団体に出入りしているとか、自分でログハウスを建てているとか、家具職人さんだとか)はやっぱりみなさん作業も早いし、きれい。指導者養成講座だけあって、そうした人たちが大半を占めていたので、助けていただけて、とっても心強く、ほんとにありがたかったです。それに先生方もスタッフの方々も、参加者の方々も、みなさんとてもほがらかで一緒にいて楽しい人たちばかりで、この方たちとご一緒できて、ほんとにうれしかったです。作業は大変だけれど、終始和やかな雰囲気の中で(といっても最後の最後はパツパツだったかな。。)木工経験の浅いわたしやほかのみなさんも、全員、無事に完成したのでした\(^o^)/20160207_181304

しかし。。自分が作業が遅くて、みなさんの足をひっぱってしまったことを、おひとりおひとりに(そして誰より先生方に)お詫びしたかったです。。

椅子が完成して、みなさんと別れて、ひとりになったとき最初に湧き上がってきたのは、自分にはこれはやれないことなんだな、という気持ちでした。普通の(グリーンウッドワーク以外の)木工の素養がないだけでなくて、作業時の物理的なパワーとスピードも足りない。。それに木工の世界に入るならもっと生活根本からきびきびしないと。。それに人と接することへのハードルも今回大分跳び越えたつもりだったけどまだまだまだだ。。。もうこの道を歩き続けていこうとしちゃいけない、etc.etc.

「『終わり方』が大事」「終わった後に自分いじめをしない『後始末力』をつけること」をモットーとしてきた最近だったのにもかかわず、ひとばんじゅう後ろ向きな考えにとりまかれながら夜行バスで眠るともなく過ごして、朝まだ暗いうちに関東に着いて、電車に乗り換えてもまだぼんやりしていました。

でもそれが、ふしぎなことに陽が昇りはじめたら、気持ちがなんとなく上向いてきた。自宅のあるターミナル駅について、モーニングを食べに喫茶店に入って(椅子と大きなかばんを抱えたまま)、なんとなしに、かばんの後ポッケにいれといたグリーンウッドワークの本(イギリスでお世話になったマイクさんの本)を開いてみたらば。。。椅子づくりの今回の作業に関連するページをいつのまにか読みふけっていました。

内容は作業の工程を記したものなのだけど、マイクさんの文章を読むと、マイクさんの声が聞こえてくるかのようで。そして作業工程を記しただけの文章とは言えないような、余計な情報(?)というか、私的感情がてんこ盛りに入っている文章で、読んでいると元気がむくむく出てくるのでした。

もちろん技術情報としても有用で、「あ、そうか」と今回またやってみたからこそよくわかったポイントもあったし、じゃあ、次はこうしてみようかな、と思いついたりもいろいろあって、そんなこんなで喫茶店をでるころにはすっかり「次はあれをつくってみよう、そうしよう」となっていました。

なんだか自分、雑草みたいだ、朝日が出てきたら倒れてたのがひょいと起き上がり出すみたいな。。。こんなに自分、打たれ強かったけかな?ふてぶてしくないか?と思いつつ、そこそこ元気に帰宅しました。

マイクさんには、わたしが木工の下地があるかどうかとか、グリーンウッドワークを上手にやれるかどうかとか、そういうこととは関係ないところで、自分を受け止めてもらった感じが、なぜかしています。一番最初に、村の道端でガバッ大きなハグをしてもらったときも、最後の別れ際、駅のホームでぎゅーとハグしてもらったときも。。。マイクさんが両手を広げてくれたときの、あの、なににもせきとめられていないようなオープンさを思い出すと、安心するし、なんか泣けてくる。

あのとき、誰よりも長旅をしてはるばる南アフリカの離島からマイクさんの森に来ていたリズさんという女性は、「マイクがここでやってるのは、みんなを改心させるってことだね。ただ椅子のつくり方を教えているんじゃないね」と言ってたけれど、なるほどそうかもと思う。自分もあるていど”改心”されちゃったんだろうなと思う。

木が、森が、森の夜、森の朝、森の生きものや空気が、さらに好きになっちゃったし。ひとりでやることと、人と一緒にやることの、両方の楽しさを知ったし。。

20160110_105323 今回の岐阜の講座では、小さい径の木でも椅子がつくれることを教わって、木に寄り添ったものづくりをスモールスケールでやっていくことの可能性がさらに広がって、うれしい。今はなるべくおおがかりにならずに、自分の体を基準にした「手に負える範囲」でやっていきたい、という願いがあるので、そのための大きなヒントになりました。

20160110_112634 あと、南京鉋への苦手意識を越えられたし(南京鉋の左右で刃の出し方を変える調節方法も教われたし)、ノコギリにもっと練習が必要なこともわかったし、マンリキ(へぎ鉈)で木割りするのが大好きだと改めて体感できたし、マンリキをひざをテコにして使うやり方を覚えたし、削り馬の上で左右にテコをきかせて材を固定するやり方を覚えたし、蒸し曲げの箱もお鍋も小さくていいことを知れたし(蒸し曲げ用の箱であんまん・肉まんが一度にたくさん蒸せて楽しかったし!)、20160111_152108 座面に綿テープを使うすてきさや竹を釘がわりに使う良さがわかったし、いろいろ学びがありました。

作業が遅くてみなさんをお待たせしたり、みなさんのように片づけやお手伝い事がスムーズにできなかったり、いろいろNGな部分が多くて申し訳なかったけれど、参加させていただけたことは、ほんとに感謝しています。

とりあえず、しばらくはお風呂で筋肉をもみほぐして、筋肉痛から回復せねば。。。

20160205_060508 PS 今回の岐阜行きでは、到着直後のモーニングに入った喫茶店では、小鳥のカップ&ソーサーでした。前回はいちご柄だった。ここのお店の人は、お客さんの好きなものがわかるんだろうか。。。

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